第9話:シャドウランドの試練と情報戦 -3
王宮内の魔術師団執務室。
分厚い魔力結界が張られた窓からは、外の騒がしい空気は遮断されているが、室内には書類の山と、フェリクスの魔術実験の残り香が重く漂っていた。
その時、イリスの体に張り付いた、微細な魔力監視の糸が突然、断ち切られたような激しいショックを受けた。
イリスは、突然顔色を青ざめ、両手を固く握りしめ、震えながら声を上げる。
「(突然、顔色を青ざめ、震えながら)あ…! メロディ・サイレンス様の…魔力が…! 急に…断裂したように乱れて…そして…完全に消えました…! まるで、特殊な結界で、この世界から隔離されたように…」
フェリクス・ローエンは、その報告に、普段の冷静さを失って立ち上がった。彼の眼鏡の奥の瞳が、強い焦燥に揺れる。
「何だと!? セイレーンの姫君が…魔力が消失しただと!? 彼女の歌声は、王宮の深奥にある魔力の流れと結びついている。それを完全に断つには、王宮地下の隔離牢にある、古の魔力を封じる特殊な結界でなければ不可能だ!これはもはや単なる政争ではない。リチャード殿下は、セシリア殿下の情報網を完全に潰しにかかった!イリス、一刻も早くこのことを大賢者様に伝えなければならない!」
◇◆◇◆◇
第二王女セシリアの私室。
青い薔薇の香りが漂う静謐な空間で、セシリアはメロディ逮捕の報を聞いた後、身じろぎ一つせずに椅子に座っていた。その手に握られた精巧な装飾の扇が、彼女の力を込めた指によってミシリと音を立てて軋む。その音だけが、室内の凍り付いたような静寂を破っていた。
「メロディが…隔離牢だと?」
セシリアは声を荒らげず、その一言に怒りと、深い悲しみを滲ませた。
彼女は、国民から愛される『優しい姫様』として、王位継承を巡る血縁の争いから意図的に距離を置いてきた。しかし、唯一の心強い友人であり、腹心であったメロディが、リチャードの卑劣な罠にかかった事実は、彼女を傍観者でいさせなかった。
セシリアは、扇を膝の上に置くと、静かに視線を宙に向けた。
「父上には四人の子がいるわ。レティシア姉様は、亡き先王妃様の子。そして、あのリチャードは、父上が若い頃に迎えた妾の子だ。正式な王妃の子ではないという事実は、彼にとって常に重い影を落としてきた。
セシリアは淡々ではあるが、じわじわと怒りの感情が押さえつけられない。
「一方で、エドワード兄様と私は、今上王妃の腹から生まれた、血を分けた実の兄妹。だからこそ、政争の苛烈さから目を背けてきた私にも、守るべき立場がある」
彼女は、感情を落ち着かせるために、深く息を吐き出す。
「リチャード…あなたは、なぜそこまで焦るの?」
リチャード王子は、他の兄弟たちに比べて、古くからの有力貴族の支持、つまり後ろ盾が極端に弱い。その弱点を、彼は王族間の対立と混乱を最大限に利用することで覆い隠そうとしているのだ。メロディの逮捕は、穏健派の私を孤立させ、無力化するための最初の一手だった。
その時、重いノックと共に、王宮の憲兵隊長が数名の憲兵を従えて部屋に入ってきた。彼らはリチャードの命を受け、セシリアへの心理的な圧力をかけるつもりでいる。
憲兵隊長は、形式的な敬意を払いつつも、冷たい目で要請する。
「セシリア殿下。メロディ・サイレンスに関する尋問で、殿下の協力が必要でございます。情報漏洩の疑いがございますので…」
セシリアは、立ち上がり、王女としての毅然とした威厳をもって扇を閉じ、憲兵隊長を見据えた。
「黙りなさい! メロディがそのようなことをするはずがない。これは、王位継承の権利はあれど、後ろ盾を持たぬ者が仕掛けた、王権への謀略よ。私があなた方に協力することなど何もないわ」
セシリアは、席を立ち、憲兵隊長に一歩近づいた。
「むしろ…私が次に動くのは、メロディの無実を証明し、あの卑劣な不正を王国の全てに暴く瞬間よ。国民の不安を取り除くためにも、優しいだけでは守れないものがあると、私は悟ったわ」
彼女の瞳には、友の救出と王国の正義のため、理性を保ったまま、自ら危険を冒して行動するという、強い覚悟と静かなる敵意が宿っていた。
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