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 ドラゴン保全部隊は大きく四つに分かれていた。北の雪山、南の島々、西の経済地区にそれぞれ拠点があり、ここは東の砂漠を守る部隊である。

 この砂漠に複数存在するオアシスのうち、最も東側に位置するものから第一、第二、第三と区切られていた。


 最も大きなオアシスである第一オアシス。その岸辺に不沈石を足場として埋め立て、東区ドラゴン保全部隊本拠点は建っていた。


 一階のドック。さきほどやられ役を締め上げてきたばかりの砂用クルーザーがいる。整備の為、リフトによって砂から上げられ、上架と呼ばれる作業に入っていた。


「…」


 レプタ・エトカゲ。三十九歳、独身。整備士長兼、巡視部隊長兼、新人指導相談員という肩書を乗せたツナギの背中は、太陽光と砂嵐で色あせている。彼が優秀というより、他に誰も人手がいないのだ。肩書と責任ばかりが増え、給料だけが不動だ。


 今日は朝イチから近隣地域の見回り、先ほどの昼過ぎにならず者を警察に引き渡し、拠点に戻りながら報告書を局長に提出してガソリンスタンドの領収書を経理に送信してきたので、今はドックで船の不備がないか確認しつつ後輩の教育方針について考えをまとめるところだった。


 ああ、しんどい。ダルい。辞めてえ。


 整備士長がパサつく短髪をかきむしって、薬草タバコに火をつける。周囲の塗料や溶剤には耐火魔法がかかっているし、長年の勤務の果てに巣と化したこの辺りは誰も近寄らない。


「エトカゲさーん、うわっタバコは喫煙所行ってくださいよ、臭っ!嫌な柔軟剤の匂いがする!」

 二階につながる階段から、リンが降りてきた。その手にはタブレット端末が下がっている。遊覧船航走時には添乗員を務めているが、普段は巡視部隊員であり、レプタと行動することが多かった。


「…へーい、で、何よ」

 レプタは直球の文句に反論もできず、携帯灰皿にタバコを片付けた。赤紫色の気体がフローラルな異臭と共に散った。


「経理のアリゲタさんがガソリン使いすぎだろふざけんなってキレてます」

「うげ」


 この世界の砂漠はドラゴンの魔術が蔓延していた。その砂を渡る船には、魔術で駆動するエンジンが必需品であり、そのエンジンを動かすには、魔術に抗う効力を付与したマジックガソリンが必要不可欠だった。洗剤のような名前だが正式名称である。


 ガソリンの効果は絶大だが、代償として、その燃料を制御して取り締まる組織には莫大な代金が払われることとなった。


「仕方なくない?そこケチったら何もできないって、何でそんなこと言いに来たの」

「チクりです」

「正直過ぎ」


 レプタのぼやきを、リンは適当にいなした。


「ガソリンが安くなる魔法が欲しい」

「現実見ろよおっさん」


 上司の切実な願いも、新人は一刀両断に斬った。打ち解けた弊害なのかはわからないが、口調が砕けすぎる傾向がある。


 ドラゴンが闊歩し、魔法と実弾が飛び交う世界でも、肝心なものだけが便利にならない。部下が大人しくなる魔法も欲しい、とレプタは口にしようとしたが、彼女の私物あいぼうを思い出してすぐに撤回した。


「…先輩?、今お時間いいですか?」

 階段からもう一人、別の人物が降りて来る。穏やかで品のある物腰をしたスーツ姿の青年、バット・タカモリだ。


「タカモリ…!、おう、何だよ改まって」


 レプタは嬉しそうに出迎えた。バットは四年ほど前に新卒で就任した、レプタの後輩であり部下である。


 現場主義、厳密には現場から逃げられないレプタとは違い、バットは裏方の事務処理や連絡対応を任されていた。優秀で理知的な態度からも、この拠点の今後を担う大事な人物として重宝されていた。世代は大きく違っていても、レプタを先輩と呼んで強く慕っており、レプタも彼を大事にかわいがっている。


「先輩、僕、再来週で辞めるんで、挨拶に来ました」

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