追放されたドラゴン好き令嬢は、北方辺境伯の愛に気づかない

雨宮いろり/ビーズログ文庫

プロローグ

プロローグ①


「ミルカ・アールトネン。お前とのこんやくすると共に、北方辺境への追放を命ずる!」


 それは断頭台ののように、私の未来をる言葉だった。

 言われたことがみ込めず、ただ目の前の男性を見返す。

 そこにいるのはハンス・ヴィイ・ヴォーハルト。

 セミスフィア王国の第二王子であり、つい先ほどまでは、私の婚約者だった。


(私……婚約破棄をされたの?)


 信じられない気持ちで口を開く。声がふるえないようにするのでせいいっぱいだ。


「私、何かご不興を買うようなことをしましたでしょうか」

「馬鹿め。お前のような悪女が、いまさら従順なふりをしてもなことだ」


 悪女、という言葉が、頭の中でこだまする。

 今まで自分がやってきたこうのどこに、悪女の要素があったのだろう。全く分からないし、思い当たるふしもない。

 混乱して何も言えない私に、ハンス王子がけいべつまなしを注ぐ。


「両親をくしたお前をびんに思って、婚約者でいさせてやったというのに。その恩をあだで返すようなをするなど、恩知らずにもほどがある」

「仇で返すなど、そのようなつもりは」

「言い訳は無用。――この愛らしいむすめ、アンナを見よ」


 彼のかたわらにはがらな少女がたたずんでいて、私の方をおずおずと見つめている。きゃしゃひかえめそうな、色のかみの娘だ。

 質素なグリーンのドレスに身を包み、そうしょく品と言えばわずかなレースとリボンのみ。しょうっ気のない顔はけるように白く、手は労働を知らぬかのように細い。


「質実ごうけんでありながらこれほどまでに美しい。それに比べてお前はどうだ。その身なり、その態度!」


 えんりょに指をさされた私は、ごうしゃな宝石をいくつも身に着けている。

 ネックレス、ピアス、ブレスレット、その全てに色とりどりのきょだいな宝石がはめ込まれていた。


「王子である私よりも大きな宝石を身に着けているではないか! ろうにも限度があるだろう! はじを知れ」

「た、確かに宝石を身に着けておりますが、これはドラゴン飼育のためです! ドラゴンは大きな宝石を持っている者を上位の者としてあつかう習性があって」

「そのドラゴン飼育の仕事も手を抜いているだろう! 王族に伝わりしプラチナドラゴンのは、いま蝙蝠こうもり程度の羽しか持たないではないか」


 その言い方に、私は自分がきゅうだんされていることをいっしゅん忘れて、言葉をはさんだ。


殿でん、お言葉には注意なさった方がよろしいかと。ドラゴンは気高い生き物ゆえ、そういったにはびんかんです」

「ハッ、ここからドラゴン舎まで声が届くものか。そもそも、お前がずさんな仕事をしているせいで、まだ子どもなのだ。おこらせたとてなんのきょうにもならん!」


 ドラゴンにしつするわりには、彼らの生態を少しも知ろうとしないハンス王子。

 プラチナドラゴンのような知性の高いドラゴンは、自分に関する評価であれば、たとえきょがあろうと聞きつける。

 ましてや自分を飼っている王族の言葉だ。今のハンス王子の言葉はつつけで、あの小さな子は、ドラゴン舎で地団太をんでいることだろう。

 私の心配をよそに、ハンス王子は額に青筋をかべ、つばを飛ばしながらさけぶ。


「六年だぞ? それほどの時間がありながら、なぜあのドラゴンは成長しない! それもこれもみなお前のたいまんのせいだ! この無能な浪費家め!」


 六年前に生まれたプラチナドラゴンの仔は、オパールのような体色で、つややかで、子犬みたいになつっこい。しかし、まだ中型犬程度の大きさしかなく、つばさも未熟だ。

 私たちアールトネンしゃくは、代々ドラゴンの飼育にけ、そのわざもってこの国に仕えてきた。

 だから、ドラゴンを成長させられない責任のいったんは、確かに私たちにあるだろう。

 くやしさのあまりくちびるみしめていると、ハンス王子は信じられない言葉を口にした。


すでに亡きお前の父、並びにお前は罪深き存在である。――よってお前は北方辺境へ追放。重ねてアールトネン家の名とドラゴン飼育権をはくだつする」


 ひゅっと息をのむ。のどがつかえて、何も言えない。

 北方辺境。重罪をおかした者が追放されるごっかんの地だ。王宮の文化からはほどとおく、ばんで、とてもじゃないが人間らしい生活は望めないといううわさを聞く。

 首をり、自らを奮い立たせて、言葉をつむぐ。


「わ……私も父も、とがめられるようなことはしておりません! それに、今までけんめいにドラゴンを育ててきたアールトネン家が、なぜ家名とドラゴン飼育権をはく奪されねばならないのですか!」

だまれ! これは既に決定こうなのだ。そもそもお前は、出しゃばりすぎる。このアンナのように、常に三歩下がって男を立てるというつつしみを知れ」


 そう言ったハンス王子は、顔をゆがめてちょうしょうを浮かべた。


「ああ、すまない。それ以前の問題か。お前には、立てるべき男が寄りつかないのだったな。『キズモノ』なのだから」

「……ッ」


 目の前が暗くなるほどのいかりと絶望を覚える。

 けれど、なけなしのきょうが、それをハンス王子に見せたくないと叫んでいた。


(今更何を言っても、この判断はくつがえらないのでしょう)


 何も言い返せずうなだれる私を見て、アンナという少女が口を開いた。

 耳にこびりつくような、ねっとりと甘い声がまくらす。


「ここまでハンス様に言われても、反省の色一つ見せないなんて。おそろしい方ですわ」

「全くだ! そもそもこの女は、無能で浪費家であるばかりでなく、不敬なのだ。プラチナドラゴンの仔が育たないのは私に原因があると言い出して、私にドラゴンの生態を学べなどとのたまう!」


 おぞましい、とばかりにハンス王子は顔を歪めた。


「ドラゴンは我ら王族がせいふくすべきもの。我が足が踏みしだく生き物の生態を知ってなんになろう? 私に必要なのは、ドラゴンがかしずき、私が王に相応ふさわしいと認めているという事実、それだけだ!」


 言葉を失った私を見て、アンナがふっと笑みを浮かべた。


「この方には永遠にハンス様のらしさは理解できませんわ。もう解放して差し上げたらいかが?」

「ああ、お前はぶかい女だな」


 アンナに向けたハンス王子の声は聞いたことがないほど甘い。それは私の心にぎざぎざとかり、ぼうぜんとした私にいくらかの正気をもどさせてくれる。

 私はうでからませ始めた二人に向かって、深々とこうべを垂れた。


「我らアールトネン家の力がおよばず、申し訳ございません。プラチナドラゴンを育て上げられなかった咎は、この私が全て受けましょう。北方辺境への追放もつつしんでお受けいたします、ですが」

げんけいたんがんは受けない」

「いえ、ドラゴン舎にいるアールトネン家の飼育人は、そのままやとっていただきたいのです。彼らは王宮のドラゴンについてよく知っていますし、飼育人としての腕も確かで」

「お前は馬鹿か? アールトネン家の育て方が悪いからプラチナドラゴンの仔は育たなかったのだ、同じてつを踏むわけがないだろう! この無能が、とっとと私の前から消えろ!」


 それを聞いたしゅんかん、私はきびすかえし、あいさつもなしに二人からはなれてゆく。

 もう、ハンス王子とまともに会話することはできなさそうだった。

 ハンス王子は追い打ちをかけるように叫ぶ。


「アールトネン家の家財としきを差し押さえろ! これよりアールトネン家のもんの使用を禁じ、その名をふうずることとする!」


 そのくつじょく的な言葉は、ナイフのように私の心をえぐった。

 ぐずぐずしていれば、本当に全てを取り上げられてしまう。

 私はたまらずした。

 全速力で走ったせいで、顔に強風がきつけて、右目からなみだがこぼれた。


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