夜桜のような君

天音 花香

夜桜のような君

 視界に入った彼女を俺は見逃さなかった。


 私服姿の彼女、相川鈴那は、ほの白く光る桜の下で、学校とは全く別の顔で立っていた。



「悪い。俺、用事思い出した」


 夜桜見に行かねえ? と誘ってきた友人たちに言って、俺はその集団から抜けた。そして、相川の近くまで戻って、桜の木の裏に隠れた。


 一体俺は何をしてるんだ。

 そして、相川は何をしてるんだ。


 相川は明朗活発で、笑顔が似合う、女子にしては元気すぎる子だ。それがどうだろう。花明かりの下で一人佇む相川は、まるで桜のように儚げで、守りたくなるような雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな彼女が相川だと気付けたのは、ひとえに俺が相川を好きだからだろう。


 相川は思い詰めたような表情で立ち続けている。


 10分が経ち、15分を回り、30分が過ぎた。


 誰かを待っているのか?


 自分の行動にも、相川を待たせてる奴に対しても、苛立ちを感じ始めた頃、相川に声をかける男子二人組が現れた。


 待ち人か?


 俺はなりゆきを見つめていたが、相川が怒ったように何か言い、その場から離れようとしたのに、二人組の男子が絡んでいるのを見て、これはまずいと駆け出した。


「こいつに何か用ですか? 俺の連れですけど」


 相川は驚いたように、割って入った俺を見上げた。

 俺は腕っぷしは弱いが背丈だけはある。


「なんだ、男連れかよ」

「行こうぜ」


 すんなりと引いた二人に、俺は安堵の息をもらした。


「広瀬。助かった。ありがとう」

「おう。こんな所で一人、何してんだよ」


 俺の言葉に相川はまた顔を曇らせた。


「誰か待ってんのか? もう、40分近くここにいるだろ?」

「み、見てたの?!」


 相川の顔がほのかに赤く染まる。


「そ、そりゃ、いつもと違う辛気くせぇ顔して一人で立ってるから、なんだろうと思うだろ」


 今度は俺が焦る番だった。


「そうだよ。人を待ってたんだよ」


 相川の言葉に、俺の心がもやっとする。


「こんなに待たせる奴、ろくな奴じゃねえよ」

「違うんだよ」


 相川は泣きそうな顔になった。


 なんだよ。そんな切ない顔すんなよ。


「来ないのが答えなんだよ」

「は?」


 俺は訳が分からない。


「広瀬、好きな人いる?」


 相川の次の言葉にますます俺は動揺した。


「は〜?!」


 それはお前だっつの。


 心で言って、


「いる、けど、なんだよ?」


 と答えた。


「私、好きな人に告白したんだ。一週間前。付き合ってもいいなら、桜祭りの始まる今日、ここに来てくださいって」

「なんで、そんな告り方すんだよ。アホだな」


 呆れた声が出てしまう。


「だって、すぐに振らないで、考えて欲しかったんだもん」


 相川の言葉に、俺はどきりとした。


 いじらしい。なんだよ、相川ってこんな面も持っていたのか。可愛い。可愛いじゃねえか。


 だが。


 花明かりに浮き上がる、相川の憂いを帯びた表情かおは確かに魅力的だ。それでも俺はやっぱり。


「そんな顔すんなよ。相川の笑ってる顔が、たんぽぽみたいで俺は好きだ」


 夜桜の見せる相川は、一夜だけでいい。こんな悲しい顔は見たくない。

 俺に相川を癒せたらいいのに。


「たんぽぽ? す、好き?!」


 ようやく本来のようにころころ表情を変える相川。ほわんと上気した頬が可愛いかった。


「いいから、とにかく笑っててくれ。一人じゃ危ないから送るよ」

「う、うん……。ありがと」

「こっち周りで行くか。桜綺麗だし」


 俺と相川は黙ったまま桜を見ながら歩いた。


「本当綺麗……」


 夢見るように言った相川は、やっぱりどこか儚くて、俺はまたどきりとした。



         了

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夜桜のような君 天音 花香 @hanaka-amane

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