第37話 最後の賭け※イザベラ視点

 今回のパーティーの計画を立てる。


 前回、前々回は地味な結果になってしまった。あまりにも控えめで、目立てなかった。だけど今回は違う。今回は、大々的にやる。盛大に。誰もが驚くような規模で。


 お姉様の影響で、社交界全体が新しい試みに興味を持っている。


 この機会を逃す手はない。




 私は、招待状のリストを眺めた。


 今回は、王国のほぼ全ての貴族に招待状を送る。


 文官貴族だけじゃない。


 軍人貴族にも。


 分け隔てなく、誰にでも。


 お姉様がやっていることを真似して、遠慮なんかしない。やれることをやる。そう決めた。


 断られることも多いでしょう。私は、ちゃんと想定している。現実的に考えれば、全員が参加してくれるなんて期待していない。でも今回は、今の状況を利用して来てくれる人を少しでも増やす。この賭けに成功すれば、社交界での評判が一気に上がるでしょう。


 前回の「無難」という評価から、一気に飛躍できる。


 お姉様が「画期的」と言われたのなら、私は「完璧」と言われる。


 必ず。


 今回は、特別な演出を用意した。


 お姉様には考えつかない、私だけの特別なもの。これまで温めてきた、新しいアイデア。前のアイデアは残念ながら失敗してしまったけれど、今度は大丈夫だ。大きなインパクトもあるはず。これを見れば、きっと皆、私のことを見直す。


 詳細は、秘密にする。誰にも漏らさないように。当日まで隠し通して、インパクトを最大限にする。


 最高のタイミングでサプライズする。驚きの演出で、皆を圧倒する。


 噴水の失敗を踏まえて、今度こそは成功させる。あの時は準備不足だった。だけど今回は違う。今回は、完璧に準備する。


 そのために、新たな計画書を作成する。


 前回使った、お姉様の計画書から生み出した私の新たな計画書。それを更に改良するために、アレンジを加えた。


 装飾の配置は、こちらの方が良い。


 料理の順番も、少し変えよう。


 タイムテーブルも、もっと上手く出来るはず。


 前の計画書で成功した。だけど、そのままの計画書は使えない。状況が違うから。参加者の人数も、会場の規模も、全てが前回とは異なる。


 私が手を加えて、もっと良くする。上を目指す。経験を積んできた私なら、出来るはず。良くなるはず。


 細かい部分を調整して、私は満足げに頷いた。


 これで完璧。


 元にした計画書は成功した。だから今回も、大丈夫。


 いいえ。


 今回は、前回よりもずっと良くなる。


 私の手で改良したんだから。お姉様の計画書をそのまま使うのではなく、私の感性で磨き上げた。私のセンスで、より洗練されたものに仕上げた。


 これは、もう私のオリジナルと言っても過言ではない。




 招待状の返答が、続々と届き始めた。私は一通一通、丁寧に開封していく。お断りの返事も、当然ある。


 予想していた通り。


 でも。参加するという返事も、予想以上に多い。私は、手紙の束を見つめて、驚きを隠せなかった。こんなに?


 こんなに多くの方が、参加してくださるの?


「セラフィナ様の妹君として、大変期待しております」

「前回のパーティーは無難でしたが、今回こそ素晴らしいものになると信じております」

「リーベンフェルト家のパーティーに続き、新しい試みを楽しみにしております」

「今までにない挑戦を拝見できることを、心待ちにしております」


 手紙に書かれた言葉を読みながら、私は胸が高鳴るのを感じた。


 こんなに。


 こんなに注目されている。


 お姉様のパーティーが成功しているから。その妹である私にも、期待が集まっているのね。


 お姉様の成功を、私が利用する。


 これは、悪いことじゃない。姉妹なんだから、当然のこと。


 今回、絶対に失敗はできない。


 お姉様を超えるために。


 今回で、絶対に。




 私は、すぐにロデリックのもとへ向かった。参加者の数の多さを伝えるために。彼を見返したかった。私は、こんなに注目されているんだから。


「多くの方が、パーティーに参加してくださるのよ」


 そう言うとロデリックは顔を上げて、驚いた表情を浮かべた。


「本当か?」

「ええ、本当よ。お断りの返事もあったけれど、それでも予想以上に多くの方が」


 私は、参加表明の手紙を彼に見せた。束になった手紙を、机の上に広げる。


 ロデリックは、手紙をいくつか手に取って、目を通す。


「確かに、これは……」


 彼も、驚いているようだった。そして、少しの間、沈黙した。


「そうか。それは良かった」


 ロデリックは、そう言って微笑んだ。


 でも。


 彼の笑顔は、どこか硬い。そして、少しだけ不安そうな表情を浮かべた。何が不安なのよ。どうして喜ばないのよ。


 想定していなかった反応に、私はイライラしてしまう。


「イザベラ、計画に問題はないか?」

「問題?」


 私は、首を傾けながら聞いた。


「ああ。これだけ多くの参加者がいるなら、会場の運営も大変だろう。スタッフの数は十分に確保できているのか?」


 社交界に関しては、何も分かっていない彼の意見。そんなの大丈夫よ、と言いたい。だが、考える余地があるのかも。私はロデリックの言葉に、少しだけ考えてみた。


 確かに。


 前回よりも、参加者は多い。


 でも。


「大丈夫です」


 私は、自信を持って答えた。ちゃんと準備しているから。


「前回も何とかなりましたし、今回も何とかします」

「しかし……」


 ロデリックは、まだ少し不安そうな顔をしていた。眉間に小さな皺を寄せて、私を見つめている。


 けれど、私は気にしなかった。彼が心配性なだけ。社交界のことを知らないから、不安になっているだけ。


 そんな不安ばかり考えたって無駄。不安に目を向け続けたら、何も出来なくなってしまう。


 前回の計画書をもとに、私が改良を加えた完璧な計画書がある。


 それに、特別なサプライズも用意してある。


 何も心配することはない。


「こんなに多くの方々が参加してくれるんですから、まず喜ぶべきでしょ」


 私は、ロデリックに微笑みかけた。明るく、自信に満ちた笑顔で。


「注目されている証拠ですから。きっと、今回のパーティーは大成功するわ」





 余裕を持って、会場の準備が完了した。


 装飾は華やかに配置され、料理の手配も完了している。前回よりも、ずっと豪華な内容。参加者の人数に合わせて、食材の量も増やした。


 音楽隊との打ち合わせも済んだ。演奏する曲目も、タイミングも、全て決まっている。


 スタッフも、追加で雇った人数を含めて、十分に揃えた。これだけ備えておけば、大丈夫でしょ。


 私は、会場を見渡して、満足げに頷いた。


 完璧。


 今回こそ、完璧なパーティーになる。


 でも。


 準備を進めていく中で、少しだけ気になることがあった。スタッフの動きが前回と比べて、また悪くなったような気がする。


 何度も何度も、私のもとに確認に来る。私に確認する前に、ちゃんと計画書に目を通してくれないかしら。そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、指示を出す。


「イザベラ様、この装飾の配置で合っていますでしょうか?」

「ええ、計画書通りよ」


 私は、少しうんざりしながら答えた。何度も同じことを聞いてくる。


 一歩前進したと思ったのに、また戻ったの? 前回で、スタッフもだいぶ慣れてきたはずなのに。これまでの経験が消え去ってしまったかのように。


「イザベラ様、料理の配膳順序について確認させてください。こちらの指示と、こちらの指示が異なっているのですが」


 スタッフが、計画書の二つの箇所を指さした。


 私は、計画書を見た。


 確かに、少し違う。


 でも、それは私が調整した部分。より良くするために、私が手を加えた箇所。ちょっとわかりにくい部分があるのも仕方ないこと。


「こちらを優先しなさい」


 私は、自分が新しく書いた方を指して、指示を出す。


「しかし、それですと、タイムテーブルと合わなくなるのですが……」


 スタッフが、困惑した表情で反論してくる。私は、少しイライラした。


「今は、その部分は心配しなくて大丈夫よ。スケジュールは余裕を持って組んであるから。合わない部分は、臨機応変に対応して」


 私は手を振って、細かい部分を指摘してくるスタッフを下がらせた。細かいことを気にしすぎ。タイムテーブルなんて、少しくらいずれても問題ないでしょ。


 私は、再び計画書に目を戻した。


 大丈夫。


 私が新たに調整した計画書は、完璧なはず。


 お姉様の計画書より、ずっと良いものになっている。


 何も心配することはない。

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