第28話 不完全な成功※イザベラ視点

 疲れ果てたパーティーの開催から数日後、評価が届き始めた。そんな評価についてまとめられた資料を読む。


 今回は、前回よりマシでしたわね。


 その言葉を読んだ瞬間、胸の奥がざわついた。前回が酷すぎたから、相対的にマシに見えるだけ。そういう意味だと、すぐに理解できた。


 なかなか頑張ったのでは、ありませんか?


 頑張った。


 その言葉が、胸に突き刺さる。まるで、できない子を励ますような言い方。能力のない者への、憐れみの言葉。


 まあ、こんなものでしょう。


 それが妥当な評価だ、と言われている。期待していないから、失望もしない。そういう冷たい評価。トラブルはあったけれど、妥当な評価。それ以上でも、それ以下でもない。平凡で、凡庸で、特筆すべきものが何もない。


 前回と比べたら、十分ですよ。


 期待されていないからこその評価。ハードルが低いから、批判もされない。そんな冷たい称賛。「十分」という言葉に、「これ以上を求めてはいけない」という暗黙のメッセージが込められている。


 資料を机に叩きつける。


 とんでもない、侮辱だわ。私は、あんなに頑張ったのに。


 それなのに。求めるものは手に入らない。同情と、哀れみと、貰っても意味のない冷たい称賛だけ。上辺だけの言葉と、心のこもっていない励まし。


 私が本当に欲しいのは、『完璧』という称賛よ。お姉様が受けていた、あの評価。それが欲しいのに。



 

 届いた評価を確認している最中、ロデリックが会いに来た。彼は、上機嫌な様子。どうして、満足げな表情を浮かべているの。理解できない。


「今回は、なかなか上手くいったな」


 彼は、そんな事を言ってきた。


 会場に居て、周りを見ていなかったの?


 トラブルだらけだったでしょう。慌ただしくて、優雅さのかけらもなかった。それを、あなたは感じなかったというの?


 皮肉でもなく、本気で成功だと思っている。その事実が、私を更に苛立たせた。この人は、何も理解していない。社交界の機微も、パーティーの本質も、何一つ。


「……はい」


 私が力なく答えると、ロデリックは満足そうに頷いた。


「父上からも、何も言われなかった。次も、この調子で頼むぞ」


 この調子で?


 今回のような、トラブルだらけの進行を?


 慌ただしくて、優雅さのないパーティーを?


 批判されなければ、成功。そういう考え方なの?


 あなたの中では、『大惨事を起こさない』ことが成功の基準なの?




「わかりました」


 表面的には従順に答える。でも、心の中では思う。あなたは、何もわかってない。


「次も、頑張ります」


 その言葉に、ロデリックは満足そうに頷いて去っていった。


 本当に、あなたは何もわかっていない。社交界のことも、パーティー運営のことも。関わろうとしないから。自分は、関係ないと思っている。


 成功とは何か、評価とは何か。何一つ、理解していない愚かな男。


 批判されなければ成功、なんて浅はかな考え方では、おそらく辿り着けないもの。それを求めているのは、私だけ。




 

 夜、自室に戻った。


 ドレスを脱いで、鏡に映った自分を見つめる。疲れ果てた顔。化粧も崩れている。髪も乱れている。


 ようやく終わった。


 何とか、屈辱と苦しみを味わいながら最後まで進行できた。だけど、あれは絶対に失敗でしかない。私の心が、そう叫んでいる。


 周囲は「十分だ」と言う。ロデリックも、満足そうだった。


 でも、私は違う。


 こんなの、私の求める評価じゃない。


 トラブルだらけで、慌ただしくて、全く優雅じゃなかった。


 「前回よりマシ」「頑張っている」


 そんな評価、欲しくなかった。私が欲しいのは「完璧」という称賛。「素晴らしい」「見事」「さすが」という言葉。心からの賞賛と、尊敬の眼差し。

 

――こんなはずじゃなかった。

 

 私は、完璧で素敵なパーティーを開けるはずだったのに。社交界の中心に立つはずだった。あの頃のお姉様のように。


 いいえ、お姉様を超えられるはずだった。だって、私の方が可愛いのだから。私の方が、魅力的なのだから。容姿では、私の方が上だ。誰もがそう認めている。


 なのに、なぜ


 なぜ、お姉様のような完璧さを実現できないの?

 

「……お姉様は、どうやって完璧なパーティーを開いていたの?」

 

 疑問が、心の中で膨らんでいく。何か、秘訣があるはず。


 計画書、手順書、ノウハウ。細かい配慮、参加者への気遣い、スタッフとの連携。完璧なパーティーを作り上げる、全ての秘密。


 お姉様は、社交界で称賛されるパーティーを成功させてきた。常に評価され続けてきた。それには、理由があるはず。


 手元に残っていた、お姉様の計画書。あれは、ロデリックの机から拝借したものだ。でも、あれはほんの一部だったはず。もっと、他にもあるはず。


 実家の書斎。お姉様の部屋。そこに、まだ何か残っているかもしれない。お姉様が大切にしていた資料たち。長年にわたって蓄積してきた、膨大なノウハウ。

 

 全部、私のものにする。

 

 お姉様が積み上げてきたもの、全てを。そうすれば、私も完璧になれる。お姉様の秘密を手に入れれば、私も同じことができる。

 

 でも。

 

 心の奥で、小さな声が囁いた。

 

 それって、盗むということでは?

 

「いいえ」

 

 私は、首を振った。違う。これは「盗む」なんかじゃない。

 

 だって、世間では、もうあれは私のアイデアだと認識されている。ロデリックも、社交界も、皆そう思っている。お姉様が、私からアイデアを奪ったことになっている。

 

 だから、私は「自分のもの」を取り戻すだけ。本来、私が持っているべきものを、手に入れるだけ。これは正当な行為なのよ。


 もともと、お姉様は私から奪った。


 そう、世間は認識している。ならば、私が取り戻すのは当然のこと。遠慮なんて、必要ない。罪悪感を感じる必要もない。正当な権利を行使するだけ。

 

「そうよ」

 

 私は、鏡の中の自分に向かって頷いた。

 

「私は、自分のものを取り戻すだけ」

 

 そうすれば、私も完璧になれる。お姉様のように。いいえ、お姉様を超えられる。

 

 だって、私の方が可愛いのだから。私の方が、魅力的なのだから。お姉様にできたことが、私にできないはずがない。

 

 ただ、ちゃんとした方法を知らなかっただけ。秘訣を知らなかっただけ。

 

 次のパーティーこそ、完璧を実現する。「頑張っている」なんて哀れみの言葉ではなく、「完璧」という称賛を。

 

――そのためなら、何でもする。

 

 鏡の中の自分が、決意に満ちた顔で私を見つめていた。疲れも、屈辱も、全て力に変えて。

 

 次こそは。次こそ、私の完璧を。

 

 もう一度、お姉様の全てを完全に奪い取って、私が本物になる。

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