第6話 私のほうが※イザベラ視点

 自分のほうが可愛いのに、社交界での評価はお姉様のほうが高い。それが納得できない。


 鏡を見るたびに思う。この美しい顔立ち、この華やかな雰囲気——私のほうが、明らかに魅力的なはず。なのに、貴族たちが評価するのはいつもお姉様の方だった。『アルトヴェール家の才女』『社交界の新星』そんな称賛を受けているのは、全部姉のセラフィナ。


 もっと評価してほしい。お姉様の思いつくことなんて、私だって思いつける。お姉様は運が良いだけ。私はちょっと運が悪かっただけ。いつも、お姉様が先に思いついているだけで、大きな違いなんてない。私だってやればできる。そのことを証明したい。いえ、証明してみせる。


 それに、公爵家の嫡男が婚約相手だなんて羨ましい。公爵夫人の立場は、私のほうが相応しいはず。お姉様みたいな堅苦しい女より、可愛らしくて愛嬌のある私のほうが、絶対に公爵夫人に相応しい。そんなことをずっと、ずっと考えていた。


 ある日、私はお姉様の仕事を観察してみることにした。こっそりと、バレないように。


 参加者リストを確認して、料理を選んで、音楽家を手配して。お姉様が働いている様子を覗き見る。机の上には大量の書類。参加者の好みをまとめたノート、予算表、スケジュール表。


 ふうん、意外と単純ね。これぐらいなら、やっぱり私にもできそう。リストを作って、選んで、手配するだけ。何が難しいの? そう感じた。やっぱり、お姉様が特別優秀なわけじゃない。ただ、機会に恵まれただけ。


 お姉様の評価が欲しい。お姉様の持っているものが欲しい。婚約相手を自分のものにしたい。そういう欲求が、どんどん大きくなっていく。抑えられない、止められない。我慢なんて、できるわけがない。欲しいものは、手に入れなければ気が済まない。


 だから私は、行動することにした。


 お姉様が忙しそうにしているタイミングを狙って、バレないようにロデリック様に接近する。彼を味方につける。そうすれば、大きなチャンスになるはず。まずは、彼の心を掴むこと。


 ロデリック様は、思ったより扱いやすい男だった。


 可愛さを意識して振る舞えば、すぐに気を許してくれる。上目遣いで見つめて、少し涙ぐんだ表情を作れば、すぐに心配してくれる。お姉様への不満を丁寧に聞いてあげれば、どんどん打ち解けてくれる。『イザベラは優しいね』『君は素直で良い子だ』そんな言葉を、何度も言ってくれるようになった。


 本当に単純。でも、そういう男の方が利用しやすくて好き。賢い振りをしているけれど、実は深く考えていない。見た目もかっこいいし、公爵家の嫡男という肩書きも申し分ない。完璧。


 彼に接近して、警戒心を徐々に薄れさせる。そんなタイミングで、彼の部屋からパーティーの計画書を手に入れた。ロデリック様が不在の時を狙って、机の上に置かれた書類をこっそりと。盗み見る。


 どうやらロデリック様は毎回、お姉様からパーティーの計画について詳細な報告を受けている。だけど彼は、その話をちゃんと聞いていない。書類に目を通すこともなく、適当に頷いているだけ。せっかくお姉様が綿密な計画書を用意しているのに、それを真面目に見てもらえないなんて——少し哀れね。まあ、ちゃんとロデリック様の手綱を握っていないお姉様にも問題あるでしょ。私は、そんな間抜けなことはしない。


 とにかく、そのおかげで私の計画も成功する。ロデリック様は、パーティーの具体的な内容をまったく把握していない。これを私の口から、まるで自分のアイデアであるかのように彼に教える。そうすれば、彼は私の言葉を信じるしかない。そうやって、お姉様から功績を奪い取れば良い。簡単なこと。


 そして実際に計画を進めた。友人たちにも協力してもらって、証人として立ってもらった。彼女たちも、ちょっとお願いすれば簡単に協力してくれた。それぞれに目的があるけれど、私も彼女たちを友人として大切に扱うつもり。だから、私の役に立ってほしいものね。


 無事に、私の計画は大成功した。望む通りのものを全て手に入れた。お姉様の評判、婚約者、そして公爵夫人という未来の地位。全部、私のもの。


 これからは、私の時代になる。とても楽しみ。お姉様ができたんだから、私にもできるに決まってる。いいえ、むしろ私の方が、もっと上手にできるはず。私には姉にない可愛らしさと愛嬌がある。それに、ロデリック様は私に夢中だから、全部助けてくれる。


 何も難しいことはない。パーティーの運営なんて、リストを作って指示を出すだけでしょ? 姉がやっていたことを真似すれば良いだけ。きっと、なんとかなるわ。


 勝利の味は、思っていたより甘かった。これから先、どんな素晴らしい日々が待っているのか——想像するだけでワクワクする。

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