奪った後で、後悔するのはあなたです~私から婚約相手を奪って喜ぶ妹は無能だった件について~

キョウキョウ

第1話 最悪のタイミングで

「セラフィナ、君との婚約を破棄する」

「えーっと。その話、後にできませんか?」


 私の婚約者であるロデリック・ヴァンデルディング様。彼からの突然の宣言に、私は思わず困惑の声を上げた。


 華やかなシャンデリアの光に包まれた社交パーティーの会場。特注グラスが奏でる乾杯の音色、絹のドレスが擦れ合う上品な音、貴族たちの洗練された笑い声——王国有数の名門貴族たちが集い、優雅にワルツを踊る夜。特別な空間を彩る。


 そんな最高の舞台で、社交パーティーの主催者が婚約を破棄すると告げるなんて前代未聞。


 今夜のパーティーの主催者は、私の婚約者であるロデリック。公爵家の嫡男という申し分のない肩書きを持つ彼。


 社交パーティーの指揮を実際に執っているのは私、セラフィナ・アルトヴェール。数ヶ月前から準備を進めてきた今夜のパーティーは、彼の名声を高めるための重要な舞台だった。


 私は婚約者として、彼を支えたいと思っていた。だからこそ、かなり気合を入れて参加者の趣味嗜好を分析し、料理の選定から音楽の手配、会場の装飾まで全てを取り仕切った。何度も確認しながら組み上げた綿密なスケジュール通りに、パーティーは完璧に進行している——いえ、進行していた。


 ロデリック様は貴族としての格は申し分ないものの、こうした細かな社交パーティーの運営は得意ではない。だからこそ、この分野で名を馳せている婚約者である私が支えている。


 一応、彼に影響力の少ない仕事や役目を任せて、やりがいを感じてもらえるように気を使っていた。受付での挨拶回り、重要な来賓への表敬訪問——ロデリック様にも主催者らしい満足感を味わってもらえるように。


 それもこれも、私が社交パーティーの指揮運営を心から愛しているから。


 若い頃から経験を積み上げて、新たなアイデアで社交界に小さな革命を起こしてきた自負がある。四季折々のテーマパーティー、異国の料理を取り入れた晩餐会、新進気鋭の音楽家たちによる演奏会——どれも私が企画し、成功させてきたもの。だから、こういう機会を与えてもらえたことに心から感謝していた。張り切っていた。


 ヴァンデルディング公爵家主催のパーティー。今夜の参加者リストを見れば分かる——王族の親戚筋、各国の大使、王国屈指の商家の当主たち。


 参加してくれた方々の一人でも機嫌を損ねれば、ロデリック様の評判に傷がつく。それなのに、こんな場所でトラブルを起こすつもり?


 参加者の貴族たちが、私たちを見ている。ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。注目を集めているのを感じた。扇子で顔を隠しながら視線を向ける貴婦人たち、わざとらしく咳払いをする紳士たち。とにかく今は、社交パーティーの方に集中したいというのに。


「そう言って、有耶無耶にするつもりか? 話し合いから逃げるのか?」

「逃げるなんて、そんなつもりはありません。ですが、今は招待した皆様への配慮が——」

「配慮だと? お前のような卑劣な女に、そんな資格があるとでも思っているのか!」


 彼の声が一段と大きくなる。会場の音楽が止まった。ダンスを踊っていた貴族たちも足を止めて、こちらを振り返る。会場全体に伝わったかもしれない。もう、これでトラブルを無難に収めることは出来なさそう。最悪の展開だった。


「お願いですから、今優先するべきことを考えてください」


 トラブルを起こさないでほしい。彼に対して私が望むことは、それだけ。数ヶ月かけて準備してきたパーティーが、彼の一言で台無しになろうとしている。なるべく邪魔されないよう気を使いながら進めてきた、全ての努力が水の泡になる。


 不満が顔に出そうになるが、必死で抑えてにこやかに対応するよう心がける。母から教えられた「貴族令嬢たるもの、どんな時も優雅さを失ってはならない」という言葉を思い出す。周りで見ている人がいるから。


 そんな私の気遣いを無視して、彼は突っ走る。まるで正義の味方を気取るように、胸を張って宣言した。


「この話こそ、優先するべきことだセラフィナ。お前は、実の妹であるイザベラからパーティー運営の実績を奪ってきた! 本当は、評価されるに値しない卑劣な人物である。とんでもない極悪人だ!」

「……はぁ?」


 周りに聞こえるような大声で、そう言い放つ。周囲がざわついている。「極悪人」という言葉が会場に響き渡る。貴婦人たちが顔を見合わせ、紳士たちが眉をひそめる。ああ、もうダメかしら。せっかく築き上げてきた評判が傷つけられる。気持ちが萎える。


 身に覚えのない追求。パーティー運営の実績を奪っているって、どういうこと。私が今まで成功させてきた数々の社交パーティー。これまで私が企画し、実行してきたもの。それが嘘だと、彼は主張する。その栄誉を受け取るべきは、イザベラの方であるはずだと。


 また妹が関わっているのね。案の定。いつものパターン。


 うんざりする。昔から、妹との関係は悪い。幼い頃から私の持ち物を欲しがり、友人を奪い、評価を横取りしようとしてきた。反応してしまうと喜んでしまうので、なるべく関わらないようにしてきた。最近は大人しくしていたと思ったのに、今回の特大級の仕掛けを用意していた。


「詳しいお話については、後ほど個室でちゃんと伺います。ですから今は、招待した皆様のことを第一に考えませんか?」

「いや、今ここで決着をつける。皆にも聞いてもらおう。お前がどれだけ酷いことをしてきたのかについてを!」


 ロデリックの目は興奮に燃えていた。まるで悪を暴く正義の騎士になったつもりらしい。彼がこれほど愚かだったとは——私が彼のために心血を注いで準備したパーティーを、彼自身の手で破壊しようとしている。


 もはや、パーティーの進行どころではなくなっていた。私は心の中で、せっかく招待した貴族の皆様に心から謝罪した。ハミルトン男爵夫人の期待した新作デザートのお披露目も、モンテヴェルディ伯爵が楽しみにしていた音楽演奏も、全て台無し。後で、謝罪のために色々とやらなければならないことも増えてしまった。個別の訪問、お詫びの手紙、場合によっては贈り物まで——ああ、大変だ。


 同時に、怒りが湧いてくるのを感じていた。このタイミングで、この場所で、こんな意味のわからない告発をするなんて。何ヶ月もかけて準備し、彼の名声のためにと私が全力で取り組んだ大切なパーティーを——これが妹の狙いであれば、大成功ね。ええ、本当に。私の築き上げてきた全てを、一瞬で破壊するなんて見事な手腕だわ。あの子が身内であることを本当に恨む。


 一体、妹のイザベラは彼に何を吹き込んだというのでしょう。

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