Café yakhtarで紡ぐ物語:第6話 【家族といるときの孤独】前編

朝の光がリビングに差し込む。窓越しに見える庭は手入れが行き届き、花々が優しく揺れている。産休に入った娘と婿は、幸せそうに談笑している。まだ見ぬ孫の話題に笑い声が響き渡る。女性はそっとキッチンで食器を洗いながら、その声を聞いている。


人から見れば、こんな生活は羨ましいだろう。娘もこれから家族になる孫も、婿も、全てが順風満帆に見える。しかし、女性の胸の奥には、説明のつかない孤独が広がっていた。


彼女は家族を大切に思っている。もちろん孫は可愛いだろうし生まれてくるのが楽しみ…なんだと思う。だが、それでも心の奥底にぽっかりと穴が空いているような感覚が消えないのだ。


今、女性は働いていない。今までは、シングルマザーとして、娘を育て上げ、娘は、無事に就職し、よい伴侶と出会えた。そして、家を建てて一番日当たりの良い1階の南側の部屋を女性の部屋にしてくれている。


仕事をしていないので、家事をするのは当たり前だと思っているが、スーパーから離れているので、週に何回かまとめて買い物をするが、その重さにため息が出る。そして、毎日のように届くベビー用品。


娘が「お母さん、これお願いね」と笑顔で届いた箱を指さす。中にはベビー用品や食材が詰まっている。女性は黙って受け取り、重たい荷物を整理する。


産休中の娘の体に何かがあってはと言う思いと、一緒に住んでくれているのだから「ありがたい」と思う一方で、何かが違う――この生活は幸せなのか、私は本当に満たされているのか、と問いかける自分もいる。


夕食も娘夫婦と3人で食卓を囲むが、娘と婿の会話にはあまり口を挟まない。二人の世界に自分は入れない。笑い声が二階に消えると、女性は一人で家事を続ける。


テレビをつけても、画面の向こうの情報に耳を傾けるだけで、心は空虚のままだ。


夜、就寝前。寝室で一人、テレビの明かりだけを頼りに座っている。ベッドには猫が丸くなり、静かに寝息を立てる。女性も布団に入り、明日も同じ日常が続くのかと思うと、心が重くなる。


愚痴をこぼすことができる親友もいるが、口に出すと申し訳ないような気持ちが湧き、結局一人で胸の内を抱え込む。


「幸せなんでしょ、私」と心の中でつぶやく。声には出せない。誰かに聞かれたら「何が不満なの?」と返されそうだから。けれど、胸の奥の孤独は、まるで静かに広がる水のように、じわじわと心を押し潰していく。


そして数日後、体調に異変が現れる。動悸、めまい、吐き気、夜眠れない。最初は更年期のせいだと思い、レディースクリニックをいくつも回る。しかし、どの医師も「年齢的にはちょっと違う」と首を傾げるばかりで、症状の原因はわからなかった。


女性は途方に暮れながらも、日常を続けるしかなかった。掃除、洗濯、宅配で届くベビー用品の整理、スーパーで重い食材を買い家へ歩いて戻る。全ては小さなことの積み重ねだが、心に小さなささくれができたように痛む。


娘夫婦の生活空間に遠慮し、二階へ上がる二人を見送りながら、女性はまた一人になる。


この孤独は、誰も気づかない。誰も理解してくれない。外から見れば、羨ましがられる生活。だが、彼女にとっては押しつぶされそうな重さであり、眠れぬ夜を生み出す原因でもあった。


やがて女性は、静かに決意する。「自分の心と体を大切にしないと…」。薄暗い寝室で猫を撫でながら、次の日に向かう小さな勇気を胸に抱いた。

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