プロローグ2:谷川莉子

 もう九月だ。

 夏の熱気がまだ残る夕暮れどき、私は店先の暖簾をたたみながら、ふと胸の奥のざわめきを思い出していた。


 ――八月の終わり。

 直也くんと保奈美ちゃんがアメリカから帰国し、うちにお土産を持って挨拶に来てくれた日のこと。


 その少し前、私は両親と一緒に朝のトップニュースの映像を見ていた。

 米国大統領が出席する式典。

 直也くんの会社――五井物産が、米国の地熱発電量を拡大して、AIのデータセンターを建設して、その事業に米国が大規模な支援を行うという発表だった。ニュースでは、日米が合意していた日本からの投資資金の使い道をめぐって、日米でもめていたのが、この大型プロジェクトへの投資で全て丸く収まったという事を解説していた。


 そして、大統領への花束贈呈するのは、なんと保奈美ちゃんだった。花束を大統領に手渡す保奈美ちゃんの堂々とした、可憐で美しい姿は、まるで本物のプリンセスのようだった。


 そして画面の片隅には、直也くん。

 花束贈呈を終えた保奈美ちゃんをすぐそばに連れて、日本の経産大臣、五井物産の社長、亜紀さんや玲奈さんと談笑している姿が映し出されていた。


「直也くん、すごいものだな」

「保奈美ちゃんもお義兄さんのお手伝いとして、立派に務めを果たして……本当に、偉いわね」


 ニュース映像を見ている両親の言葉に私は相槌を打ちながらも、胸の奥に小さな寂しさが広がっていた。

 直也くんは、もう遠い存在になってしまったかもしれない――そんな思いが、どうしても拭えなかった。


 けれど、帰国した直也くんはいつもの笑顔で我が家を訪ねてきてくれた。


 両親には、現地の特産品で日本には輸入されていない珍しいワインや、高級な食器といった洒落たお土産を渡し、丁寧に言葉を交わしていた。

 そして最後に、玄関まで出たところで、私にだけ差し出された高級そうな紙袋。


「これは莉子のために、オレが選んだお土産だから」


 リボンを解き、部屋でそっと箱を開けた時、思わず息を呑んだ。


 ブルーダイヤモンドのチョーカー。

 淡い青の輝きが、薄暗い部屋の空気を切り裂いて、まるで永遠に消えない星のように輝いていた。


 私は知っている。

 ブルーダイヤモンドに込められた意味を――永遠の愛。


 直也くんは、そんなこと考えずに「似合うと思ったから」と選んでくれたのだろう。


 でも私は、知ってしまっている。


 胸が熱くなり、喉が詰まり、頬がじんわりと熱を帯びていく。

 これはただのお土産なんかじゃない。

 直也くんから贈られた“永遠の愛”の証――私には、そうとしか思えなかった。


 私は家業の手伝いをしながら、自分自身が本当にやりたい事を今取り組み、日々を過ごしている。

 こういう過ごし方ができるようになったのは、すべて直也くんのおかげだ。

 高校生の頃、自分のやりたいことを両親に反対され、家を飛び出そうとした時。

 私を止め、自宅にしばらく匿い、そして両親との間に立って仲を取り持ってくれたのは、直也くんだった。


 あの日からもうずっと――私は決めている。

 ブルーダイヤモンドの輝きを胸に当てて、私はもう一度、強くその決意を刻み込んだ。

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