寝言に嘘を教えてはいけない

//SE ページを開く音


『1 寝言に嘘を教えてはいけない』


「『寝言に返事をするな』って、聞いたことない?」


「昔からあることわざ、みたいなもので、夢の世界から戻れなくなると言われてるの。もちろんそれは、迷信」


「この中では睡眠状態で本当にやってはいけないことが書かれてる……」


「……これは、ある夫婦の話」


(口調が変わる。無機質で抑揚のない声)


「妻は、よく夢を見る人だった。特にお気に入りの夢が空を飛ぶ夢で、風を切って、自由に世界を飛び回るんだそうだ」


「いつも、楽しそうに。時に笑顔で。そんな妻の寝顔を見るのが夫は好きだった」


「ある夜、妻が寝言でこう言った」


(力強く)


『わたしは、空を飛べる』


「夫は、最初は驚いたけど──すぐにからかうように、こう答えた」


『そうだよ、お前は空を飛べる。もっと高く、もっと遠くへ──』


「それからも、毎晩のように、妻は同じ寝言を言った。夫は、ふざけて、答え続けた」


『飛べるさ。きみには翼がある。どこまでも飛べるさ』


「妻の笑っている寝顔を見て、夫は満足だった。きっと世界中の空を駆け巡る夢を見ているのだろう、と」


「そんな日々が続いたある朝のこと……」


(沈黙、数秒)


「……妻は高層マンションの屋上から飛び降りた」


//SE 風が吹き抜ける音

//SE 遠くで女性の悲鳴

//SE 鈍い衝突音

//SE 静寂、微かな風の音だけが残る


「遺書も何もなく、動機は不明。ただ、彼女の死に顔は、満足そうに笑っていた……」


(遠くを見ながら)


「催眠状態の刷り込みで起こった悲劇ね」


「まだ、きみの友達が失踪した原因はわからないけど……。このノートの影響を受けた可能性は、充分考えられるね……」


//SE ノートを閉じる音

//SE 椅子がゆっくり軋む音


「さてと……これが一つ目」


(ひと息ついて)


「なんか、空気重いね。ちょっと外歩こうか?」


//SE 木々のざわめき、落ち葉を踏む音

//SE 鳥のさえずり、遠くで部活の掛け声

//SE ベンチに座る音、缶を置く音


「──ほら、缶コーヒー。ブラックでよかったよね?」


「え?あ、やっぱ甘いやつがよかった?ごめん、記憶違いだったかな」


「……ま、そういう日もあるよ」


(少し笑って)


「……そういえばさ」


「きみと最初に話した日、覚えてる?」


「学食でさ──パン、取り合ったよね」


//SE 遠くのチャイムの音


「ラスト一個のカレーパン。あの時の睨み合い、けっこう本気だったよ?」


「まさか、校内でも恐れられてるこのわたしと張り合う男の子がいるとはね……。しかも一個下、二年生とは。驚きよ!」


(にやにやと笑う)


「あれ?どうしたの俯いて?」


(遠くを見ながら)


「結局あのカレーパンは、きみがオカルト研究部に入ることを条件に、譲ったんだよね」


(にこりと笑う)


「……じゃ、休憩終わり。次のページ、行くよ!」

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