恋に気付いた日

壱邑なお

ピンチサーバー

 直近の模試はC判定。

 志望高校の合格率は、50%だった。

「うーん、やっぱ数学が弱いかな? でもまだ本番まで、5ヶ月あるし」

『大丈夫!』と塾の担当講師は、励ましてくれたけど。


「50パーかぁ……」

 しょんぼりとスクールバッグを肩にかけながら、スマホに目を落として気が付いた。

「あっ、今日金曜! お兄ちゃんの日だ!」

 週2日通っている塾は、21時半終わり。

 心配した母親が迎えに来てくれるけど、週末は残業で間に合わない時も。

 なので高校2年の兄が、「俺行くよ」と立候補してくれた。


 塾のドアから飛び出して、いつもの待ち合わせ場所に急ぐ。

「あれっ……?」

 そこで待っていたのは

「よっ!」

 兄の親友で、2学年上の幼馴染だった。


「なんで、先輩が?」

「俺? ピンチサーバー」

 真っ赤なクロスバイクのスタンドを外しながら、にっと笑って。

「ほらバッグ」

 片手を差し出してくる、幼馴染で初恋の相手。

「ありがと」

 教科書やら参考書やら詰め込んだバッグを、両手で手渡すと、

「うーわっ! いい筋トレになりそーだわ」

 志望高校の男子バレー部キャプテンは、わざと顔をしかめながら、軽々と肩にかけた。


 クロスバイクを間に挟んで、塾のある駅前から自宅マンションに歩いて向かう。

 彼が高校生になって、前みたいに校内で会えなくなったから。

 久しぶりに見る、少し遊ばせた短めの前髪とか、きりっとした眉に黒目がちな瞳とか、ちらちら横目でチェックしてたら、

「どしたー? イケメンすぎて、見とれちゃったか?」

 にんまり、からかい口調で聞いて来た。

 

「違うってば! えっと、そうだ! お兄ちゃん、ケガでもしたの?」

「けがぁ? あいつなら、ぴんぴんしてるけど?」

「だって、『ピンチサーバー』って」

 チームのピンチに登場する、サーブ選手のこと――だよね?


 あぁ……と納得したような顔で、

「俺が来たのは」

 ハンドルにかけていたコンビニの袋からがさりと、ココアのチルドカップを片手で取り出して、

「大事な子の、ピンチだから」

 頬にぴとっと押し当てて来た。


「ひゃっ……!」

『大事な子』って言われた――驚き×嬉しさ×冷たさの不意打ち。

「うちの二番目の兄貴、知ってる?」

「えっと、今大学生の?」

「そぉ、あれでも数学教師志望。連休に帰って来させるから、今度勉強会しよ」

『先輩に任せなさい』って、にっかり笑いかけられて。


「ありがと――大好き」

 思わずぽろりと、口からこぼれた言葉。

「え……?」


「ココアのことだからっ!」

 慌ててチルドカップを、ハンドルを握る右手に押し当てたら、

「うぉっ!」

 彼の頬と同じ色のクロスバイクが、ぐらりと揺れた。

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