第26話 リトルピッグのデイヴ
就寝や食事、トイレ休憩などで中を開けるたびに徐々に疲弊していくデイヴが若干哀れではあったが、ついてくると言ったのは自分だ。言った以上はやりとげてもらう。
ルー・ガルーをヴァッサンスタッドから少し離れた荒野に隠し、コンテナからデイヴを引きずり出してスラムへ向かう。
デイヴはかなりグロッキーになっていたが、肉体強化に振り切った軍用マナ・マシンのおかげか、2日間のコンテナシェイクにも耐えきった。
「さて。ついたな。デイヴ、こっからはお前の記憶力が頼りだぜ。お前の言葉一つでスラムの人間の命が消えるんだ。そして残念ながら俺はお前の記憶力を可視化することはできねえ。この意味がわかるか?」
「……仕事を始める前に俺の記憶力テストをするってことか?」
「なんでだよ。お前ホントにバカだな。もうその脳筋全振り軍用マナ・マシンを脳の演算サポートするタイプに変えろバカ」
バレットが言ったのは、もし仮にデイヴがクリルタイ工作員ではなく「元々スラムの住民でありながらデイヴに敵対的な人物」を殺すようバレットに指示した場合、バレットにはその正誤を判断する
つまりこれを利用して、このスラムでデイヴにとって不都合な人間を安全に始末できる、ということである。
だがバレットはそれをデイヴに説明してやるのはやめた。
そこまで面倒を見てやる義理はないし、このバカがそういった裏技を上手く使えるようには思えなかったからだ。
今のデイヴは試用期間のようなものだ。
彼らが信用に足る存在なのかどうか、仮にこの街のスラムから外国勢力を排除したとき、ラビッシュタウンにとって有益な取引相手になりうるのかどうか。
それらはまだ未知数なのだ。
「ま、いいや。で、どこに行けば工作員とやらを殺せるんだ? こっちは土地勘もないんだ。案内してくれ。とっとと片付けてラビッシュタウンに帰ろうぜ」
「わかった。まずはこっちだ。俺らが追放される直前までこっちの味方をしてくれてたグループの縄張りがある。そいつに聞けば、今のスラムの勢力図もだいたいわかるだろ。
ついてきてくれ」
デイヴの後についてスラムに入っていく。
道端にはところどころに、襤褸布を地面に敷いて座り込んでいる者がいた。
ラビッシュタウンではこういう光景は見かけない。
荒事に自信がある者ならば、他人から奪うために精力的に行動をしているし、そうでない者はグレンらがやっている闇市などに関わる商業活動やその他雑務に駆り出されているからだ。
つまり、ラビッシュタウンにはスラムとは言えその人口をかろうじて支えるだけの“仕事”が存在しているのだ。
虚ろな瞳で座り込む者が多いということは、この街にはそんな余裕はないのだろう。
それがラビッシュタウンとの大きな違い、のひとつだ。
「おいデイヴ。通りのずっと向こうだが……ありゃ、どう見てもスラムじゃねえよな?」
スラムの大通り──と言ってもスラム基準なので通常の街なら路地裏レベルだが──の先には、レンガ積みのちょっとした建物の壁が見えていた。
「ああ、ありゃヴァッサンスタッドの街の端だな。用もなく向こうに行くなよ。保安官が飛んでくるからな」
「そうかい」
これがもうひとつの違いだ。
スラムと都市との間の物理的な垣根がないのである。
ラビッシュタウンとエルドゥールは、隣接してはいるものの、実際には別のエリアだ。
というのも、エルドゥールはその外周の全てが高い壁に囲われており、外界と都市を隔てているからだ。
当然ラビッシュタウンとの間にも壁がある。
エルドゥールは歴史ある都市だ。
バレットが習った限りでは、その壁も第七次産業革命より前の時代に建造されたものであり、見た目ほどの耐久力はない。
大戦の戦火を逃れられたのは幸運でしかなかった。
しかしそのおかげで大戦後でも一定の経済力と発言力を持つことができ、ウィザーズ連合国として再出発した際に代表者は最高位貴族として叙されたのだった。
エルドゥールが国軍の管轄である治安維持局に守られているのもそういう経緯がある。
通常の地方都市であれば、いちいち治安維持局が出張ってくることなど滅多にないし、そもそも支局など置いていない。
治安維持、ひいては民事執行や事件捜査などについては、地方警察とも言える「保安官」がその任を務めている。
これも違いのひとつと言えるが、どちらかというとこれはエルドゥールとラビッシュタウンが特殊なだけだ。
ともかく、大きな違いは壁の有無だ。
壁というのは、その物理的な効果以外にも、心理的な効果を人々に与えるものだ。
簡単に壊せるかどうかは重要ではない。そこが壁で隔てられていることこそが重要なのだ。
この壁があることで、ラビッシュタウンの住民は都市エルドゥールにはなるべく近づかないようにしているし、エルドゥール市民もラビッシュタウンには近寄らないようにしているということだ。
そういう心理的な「区切り」が、このヴァッサンスタッドには無い。
ラビッシュタウンと違って、スラムの住民と都市の住民が行き来することが可能なのだ。
もちろんデイヴが言ったように、スラムの住民が用もなく都市に足を踏み入れれば保安官に逮捕されてしまうだろう。用があっても同じかもしれないが。
だが重要なのは「容易に可能かどうか」だ。
(難民がもし本当にクリルタイの工作員だったとしたら、そいつらが都市に潜り込むのも容易ってことになる。簡単に保安官に捕まるようなヘマもしねえだろうしな。
……場合によっちゃ、ヴァッサンスタッドはもう手遅れかもしれねえな)
デイヴの後ろを歩きながら、バレットはグレンと話した最悪のケース──ヴァッサンスタッド全土を瓦礫の山に変える結末──も想定し始めていた。
◇
「ここだ。
おおーい! 俺だ! 『リトルピッグ』のデイヴだ!」
「リトルピッグ? 子豚か? なんで急に大声で自己紹介なんてしてんだよ。てか子豚ってガラかよ。お前はどう見ても大猪だろ」
「うるせーな。リトルピッグってなあ俺らのグループの名前だよ」
それで頭に子豚の刺青をしているのか。
いや刺青をするほど子豚が好きだからグループにそんな名前を付けたのか。
デイヴの大声が響き渡ると、そこかしこの建物の中から人が動く気配がした。
スラムらしくどの建物も壁が薄い安普請なので、人の動きはすぐにわかってしまう。
もちろんバレットの優れた感覚器官あってのことだ。
(……この感じ、どうも出戻りデイヴを歓迎してるって風じゃねえな。
ルー・ガルーが四足型で2日もかかった距離だ。デイヴたちのオンボロ装甲トラックがラビッシュタウンに辿り着くまで何日かかった? それに、俺がグレンから酒場の用心棒依頼を受けてからデイヴをボコるまでにも十数日はかかってる。
おそらくはその間に、ここのデイヴの知り合いとやらも……)
「──やあ。『子豚のデイヴ』じゃありませんか。君は確か新天地を求めてこの街から勇ましく旅立っていったと思ったんですが……。忘れ物でもしたのかな?」
デイヴが戸を叩いていたあばら家から出てきたのは、スラムに不似合いのピシッとしたスーツを着こなし、長い黒髪を後ろで縛った、キツネ目の男だった。
怪しい中国マフィアという言葉がバレットの脳裏を
「て、てめえはボーウェン! なんでてめえがここに……!」
「私がどこにいようと私の勝手でしょう。なぜならこの『第3街区』の再開発を任されているのは、他ならぬこの私なのですから」
「第3街区だと……? なんだ、そりゃあ……」
ボーウェン某とデイヴの会話をここまで聞いた時点で、バレットはもうヴァッサンスタッド瓦礫化計画を半ば決意していた。
ボーウェンがスラムに過ぎないこの地を「街区」と呼んだこと。
そしてその再開発を任されているということ。
さらにデイヴと対立しているらしいこと。
これらを総合して考えれば、難民に紛れたクリルタイの工作員がすでにヴァッサンスタッドの運営上層部に食い込んでおり、このボーウェンこそがその指揮官の一人であることは明らかだからだ。
★ ★ ★
エルドゥールからヴァッサンスタッドまでは直線距離で約3000キロ、ルー・ガルーの四足形態の最高速度は400キロくらいを想定しています。
道中には山とか川とか廃墟とかもあります多分。
でも犬みたいに走ってたとしたら、仮に頭部(コクピット)の揺れは頸部をクッションにして抑えることができたとしても、背中のコンテナは絶対中の人シェイクされて死ぬよな……。多少緩衝材があったとしても誤差だよ誤差。
まあZOIDS大先輩にはウルトラザウルスの尻尾の先とかいう銃殺刑レベルの懲罰房みたいな操縦席もあったしそんくらいの振動ええか!
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