第24話 クリルタイの影

「……前にも話したと思うが、俺は元々軍にいた。クリルタイの連中とは国境で何度かやり合ったことがある。場所はヴァッサンスタッド近郊じゃねえがな。

 だからわかる。クリルタイの連中の領土欲は異常だ。ヴァッサンスタッドのスラムを落としたってんなら、あの街は近い内にクリルタイの息のかかったスラムに飲み込まれるだろうし、そうなりゃ次の標的は間違いなくこのラビッシュタウンだ」


「領土が欲しいってんなら、こっちじゃなくて南のバラモン僧国でもいいはずだろ。確か、あっちの陸空軍は車両や航空機がメインで、機動兵器は少なかったはず。WizUよりゃ攻略しやすいだろ」


「バラモンは戒律が厳しいせいか、スラムみたいな不法なエリアが少ねえんだ。だから今ヴァッサンスタッドが仕掛られてるようなサイレント・インベージョンは難しいんだろうな。

 それにここ数年はバラモンも機動兵器の開発を進めてるみてえで、すでに実用レベルの試作機が複数機種ロールアウトしてるっつう噂もある。

 バラモンも新型試作機の実戦テストがしたくてウズウズしてるだろうし、クリルタイとしちゃあんまり刺激したくないんだろうぜ」


 バレットが知っている世界情勢は実家にいた頃のもの、つまり数年前までのものだ。バラモン僧国が機動兵器を開発しているという話は初耳だった。

 世界史や近代史レベルならともかく、リアルタイムの世界情勢となると自信はない。


「……アンタの言いたいことは理解できた。

 だが、だったらどうしろってんだ。俺に何をして欲しい。今日は一体、何の依頼をするためにここに来たんだ」


「ああ。それなんだがな。

 バレット、さっきお前さんが自分で言った通り、本来ならこれは軍の特務隊の仕事だ。俺たちスラムの人間のヤマじゃねえ。

 だがよ、母国が侵略されるってんなら、軍だの民間だの言ってられねえだろ。軍が頼りにならねえんなら余計にな。まあ俺らが民間て言えるかどうかは微妙なとこだけどよ。

 あー、ところで最近小耳に挟んだんだがな、特務隊でも新進気鋭のエースオブエースが数年前、スラム相手の作戦でヘマをして療養中らしい。なんでも愛機の『シャドウウルフ』もロストしたみてえで、しばらくは戦力として数えられない状態だとか何とか」


 そこでグレンは倉庫で片膝立ちをしているAMアサルト・マギア『ルー・ガルー』を見上げた。


「んで、どこの変態研究所からかっぱらってきたのか知らんが、ここにウェアウルフ型にそっくりな、俺でも見たことがないAMがいるときた。ちょうど3年くれえ前からだ」


 そこまで聞いたところで、バレットはルー・ガルーの来歴にグレンがうっすら気付いていることに気付いた。


「あー、わかった。もういい。

 あくまで客観的事実としてだが、何故か特務隊の戦力が低下していて何故かウチの戦力が向上しているって話だな。OKOK。

 それで?」


「そこまでわかってくれたってんなら話が早えや。

 今のヴァッサンスタッドのスラムの話は、政府の連中はまだ掴んじゃいねえ。

 情報が連中に伝わる頃にはおそらくヴァッサンスタッドは手遅れになってるだろうぜ。

 今回はあのスキンヘッドのロクデナシどもがラビッシュタウンに落ち延びてきたからこそわかったことだ。

 こいつはクリルタイの工作員としても誤算だったはずだ」


 それは確かにそうかもしれない。

 かつてあったという世界大戦の影響で、この大陸は人の住む街以外には荒野が広がっており、衛星もろくに使えないおかげで長距離の通信にも制限がある。

 スラムとは言え街を追い出され、荒野に放り出されたとなれば、型落ち装甲トラックの一台や二台を持っていたところで野垂れ死ぬのが関の山だろう。

 しかし連中は、その荒野を渡りきりこのラビッシュタウンにたどり着いた。

 おそらくあのスキンヘッドを始め、ロクデナシの連中が想定以上に高度なマナ・マシンを接種していたからこその結果だ。

 さすがの敵工作員も、スラムで揉めて追い出したロクデナシどもが揃いも揃って軍用マナ・マシンの投与を受けていたなど想像もしていなかったに違いない。


「もちろん、俺の昔の伝手から政府筋にこの情報を流すことは可能だ。

 ところが、仮に情報を流せたとしても、肝心の特務隊に欠員が出てるときてる。

 ただでさえ忙しい特務隊だ。欠員がいる状態で、不確かな筋からの情報だけで出撃するとは思えねえ。まずは裏取りから始めるはずだ。

 だが悠長にそんなことをしていたら、せっかく手にしたアドバンテージを失っちまう。

 そこで……お前の出番ってわけだ、バレット。

 このAMでヴァッサンスタッドのスラムに行き、クリルタイの工作員どもを駆逐してもらいたい。報酬は俺に用意できる限りのものを渡すと約束しよう」


 そう告げたグレンの目には、いつになく真摯な光が宿っていた。


 元軍人ということは、現在こそこんなスラムに落ちぶれているが、グレンもかつてはこの国のために命をかけるべく、軍の門戸を叩いたはずだ。

 何があって軍から身を引いたのかは不明ながら、この真摯な瞳からは、その頃に持っていたのであろう「国を守りたい」という気持ちを今も失っていないことが伝わってくる。


 その想いはグレンにとって、これまで彼が築き上げてきた全てのものと引き換えにしても惜しくないほど、大切なものなのだろう。


 バレットはふいに、3年前に飛び出してきた実家のことを思い出した。

 大貴族としては少しのんびりした気質の両親と、いつもバレットのあとをついてきていた利発な妹。それに幼い頃から世話になった使用人たち。


 クリルタイ帝国の侵略により、彼らが害される未来など考えたくもない。

 勢いで家出をしておいて実に勝手な話だが、どうせ勝手な家出息子なら、勝手に実家の心配をするくらいは別に構わないだろう。

 もしかしたら、軍を辞めたグレンにもそういう後ろめたさがあるのかもしれない。

 今の自分の全てを差し出しても構わない、という想いは、グレンの後ろめたさの現れでもあるのだろう。

 その気持ちは、バレットにもわからないでもなかった。


「……いいだろう。その依頼、うけたまわった。

 俺に任せとけ。明日にでも出発して、ヴァッサンスタッドを瓦礫の山に変えてきてやる」


「そこまではせんでいい! ヴァッサンスタッドのスラムに巣食う工作員を何とかしてくれりゃあ十分だ!」


「言葉の綾だよ。でも誰が工作員で誰が難民で誰がスラムの住人なのかなんてわかりゃしねえからな。最悪の場合は街の人口が大幅に減ることになるかもしれねえぜ。

 WizU全体が危機にさらされるよりゃ、辺境の街がひとつ消し飛ぶ方がいくらかマシだろ」


 クリルタイへの防波堤となっているヴァッサンスタッドが本当に消し飛んでしまうとまた別の問題も起きるだろうが、クリルタイの侵略政策が事実であり、それがド派手に頓挫したとなればクリルタイ側も今後は慎重になるだろう。


「……まあ、最悪それはコラテラル・ダメージってことで──」


「──ちょっと待てえー!」


 そこへ、何者かがクソデカボイスで待ったをかけてきた。

 聞き覚えのある声だな、とバレットが首を傾げていると、倉庫の扉を蹴破って男が数人雪崩込んできた。

 いや正確に言うと、雪崩込んできたのは大男一人で、他数人はその大男にしがみついているだけのようだ。


「てめえは──さっきノシたスキンヘッドか! ……なんでこの倉庫に来るやつはノックをして扉を開けるっつう極めて文化的で簡単なルールが守れねえんだ! どいつもこいつも壁ぶち壊してエントリーしやがって……!」


「何をやってるんだお前ら! そいつは拘束しとけって命令しといただろ!」


「す、すみませんボス! でもこいつ、鎖を引きちぎりやがって……力も異常に強えのなんのって……!」


 スキンヘッドの大男にしがみついていたのはグレンの部下らしい。

 まあここも所詮はスラム。いかに厳重に拘束したと言っても、限られた物資では限度もあるのだろう。


「ちっ! 報告じゃバレットに2発でノされたって話だったが、誇張された報告だったか! どうやら想像以上に強度の高いマナ・マシンを飲み込んでるらしいな……!」


「いや俺が2発でノしたのは事実だけどな。少なくともAGアサルト・ギア『ゴブリン』より耐久力がねえのは確かだぜ。そこらのロクデナシとどう違うのかまでは俺にゃわからんが」


「そうだった! こいつはAGを生身で鹵獲しちまうようなやつだった……!」


 酒場でのいきさつを報告した部下や、ここでしがみついている部下の人たちの評価が不当に下げられることがないようにしてほしい。バレットの肉体がチートじみているだけで、たぶんその人達は悪くない。


「まあ、それはそれとしてだ。

 せっかく生かしておいてやったのに、グレンの監視を振り切って逃げ出してくるたあ、今度こそ命がいらねえみてえだな。

 今度は鳥じゃなくてお星さまの気分を味あわせてやろうか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「そのセリフはさっきも聞いたわ。そいつが遺言ってことでいいのか?」


「ち、違う! さっきの『待てえ』はヴァッサンスタッドに向かうのをちょっとだけ待ってくれって意味で、今の『待ってくれ』は俺をお星さまにするのを待ってくれって意味だ!」


(そこまで丁寧に説明しろとまでは思ってなかったんだが、なんだこいつ、ちょっと面白いな)


 バレットはこのスキンヘッドのおもしれー男に少し興味が湧いた。

 行きつけの酒場(行きつけの酒場とは言っていない)の店主を痛めつけ、その後拳銃を物ともしないバレットに叩きのめされたという、お互いに因縁のある相手だが、フール翁の件は所持していた銃器や財布の中身を全ていただいたことですでに手打ちになっている。


 そのおもしれー男が言うには、ヴァッサンスタッドに行くのを少し待ってほしいとのことだ。

 殺す前にその理由くらいは聞いてみてもいいかもしれない。


「いいだろう。言ってみな。考えてやるかは聞いてから決めるが、聞き終わるまで生かしておいてやるくらいの慈悲は与えてやる」





 ★ ★ ★


 今作主人公はちゃんと倫理の授業も受けてるので、比較的慈悲深くて優しいです。比較的。比較的ね。



>(バラモン僧国は)WizUよりゃ攻略しやすいだろ。


こいつほんまに転生者か? ガンダムサンダーボルト読んでないんか?

いや本作の宗教国家があのようにガンギマってるかどうかはまだ未定ですけど。

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