第20話 お酒は20歳を過ぎてから
グレンから依頼を受けたその翌日から、バレットはその酒場に入り浸ることになった。
(15の誕生日を迎えたばっかだっつうのに連日酒場通いか……。実家の連中が見たら何て言うかな)
3年前に飛び出した都市内の実家を思い出し、ふと笑みがこぼれる。
バレットは別に、家が嫌で飛び出したわけではない。どちらかというと、むしろ逆だ。
自分を育ててくれた両親や家族、慕ってくれる妹を大切に思っていたからこそ、この世界にとってイレギュラーである自分がいては迷惑がかかると考え、家を出てこのスラムにやってきたのだ。
ここよりも文明的に遅れていたとは言え、前世の記憶を持って生まれてきたバレットは、子どもとしては破格のスペックを生まれながらにして持っていた。
言語の習得には少々の時間を要したものの、その言語も前世の英語に似ていたこともあり、生まれて一年経つ頃には特殊な専門用語以外は扱えるようになっていた。
言語さえ習得してしまえば、大人の精神を持つバレットにとって、子供に対する教育など多少の文明の隔絶があろうとも難しいものではない。
彼は一族きっての神童として持て囃され、将来を嘱望され、ありとあらゆる称賛を受け、すくすくと成長したのだ。
──あの、12歳の誕生日までは。
(いや、やめよう。過ぎた話だ。くだらねえこと思い出しちまったな……)
カウンターに座り、質の悪い酒のグラスを傾ける。
【超頑健】を持つバレットが酒に酔うことはないが、どうやら酒場という雰囲気には少し酔ってしまったようだ。
「そうかそうか……。兄ちゃんも大変なんだなあ……。わかる、わかるぞその気持ち!」
話しかけてきたのは、カウンターの隣に座る、ボサボサの白髪にこれまた真っ白な髭をだらしなく伸ばし、前歯が何本か抜け落ちている老人だ。当然すでに出来上がっている。
バレットが知る限り、この酒場に毎日入り浸っているダメ人間でもある。
ちなみにバレットは一言も言葉を発していないが、いつも彼の隣にやってきてはこうして謎の相槌を打っている。
鬱陶しいことこの上ないが、依頼主であるグレンの要望が「表向き常連になること」なので我慢して付き合っている。
「儂が兄ちゃんくらいの時にはなあ、そりゃあ……。あー、あれ? ところで兄ちゃんて今いくつだったかのう。ほう、15か。イカンぞ! まだ15でこんな酒場に入り浸っては! まあ儂は15の頃にはすでに酒の味を知っとったがな! わは! わはは! わははははは!」
このセリフを聞くのも5回目である。
バレットが年齢を答えたのは最初の一回だけで、2回目からは老人が勝手に脳内補完して一人で喋り続けている。
つまり一度会話している事実を忘れて繰り返しているわけではなく、覚えていながら繰り返しているのだ。
バレットは前世を含めても、ここまでアレな老人と会話したことがなかった。
なので正直ちょっと怖さも感じている。
(もう早く来てくれねえかな他所者のならず者とかいう連中……)
心底、そう思った。
◇
バレットの祈りは届かず、それからおよそ10日間ほど、暴力で酒を奪おうとするロクデナシが現れることはなかった。
10日もあれば人見知りのバレットもさすがに他人と打ち解けるというもので、この酒場でも挨拶程度は交わす顔見知りが増えてきていた。
さらに3日目くらいから、倉庫に一人残されたドクが寂しさに耐えかねて同行するようになった。
酒こそ飲まないものの、酒場で供される食事は景気よく注文したりするし、バレットに比べて小ぢんまりとしていながら社交性が高いので、あっという間に人気者になっていた。
例の老人──フール翁もドクを気に入った一人だ。
「来たなドク! あとついでにバレット! 今日はキツいのが入っとるぞ! シティマフィアの下部組織からの横流し品でな、なんと
「飲むか。死ぬわそんなもん。捨てろ捨てろ。マジでキツいのは求めてねえんだよ」
「安心しろい! 特別に洗浄に使う前のやつを取っといてあるからな!」
「そんなものあるの!? じゃあさじゃあさ、ウチのAMのリアクターも洗ってほしいんだけど!」
「洗浄前のと洗浄後の差額を払ってくれるんだったら構わんぞい!」
「おいちょっと待て、洗浄に使った後のやつ飲み物として出してんのかこの店。衛生的に大丈夫なのかよ」
この老人、いつも飲んだくれており、どこにそんな金があるのかと思っていたら、実はこの店のオーナーであったらしい。
道理で、客にウザ絡みしても追い出されないわけである。
水場の管理には専門知識が必要だ。
それと同じく、このスラムで重要視されている酒場となると、やはり何らかの専門知識か特殊技能が必要である可能性が高い。
それが何なのかはバレットにはわからないが、おそらくはこの「仕入れルート」がそれに当たるのだろう。
エーテルリアクターの洗浄用アルコールなんてものが容易に手に入るとは思えない。
この飲んだくれた老人は見た目によらず、都市内のどこかとかなり太いパイプを持っているようだ。
加えて言うと、そうした特殊な技能を持っている者はこのラビッシュタウンでは重要視されているため、この酒場を切り盛りしているフール翁はこう見えて実はグレンに並ぶ実力者でもあるらしかった。
バレットたちと同じく3年前にこのラビッシュタウンにやってきたばかりでありながら、バレットたちと同じくすでにグレンに比肩する実力者になっている。
そう考えると、このフール翁も只者ではないのだろう。少なくともバレットと同じくらいには。
「てめえで仕入れた酒ならまずはてめえで味見くらいしろよな」
「何を言っとる! しとるに決まっとるだろう! わは! わはは! わはははは!」
本当にそんなヤバ気な洗浄用アルコールを飲んだのかどうかは不明だが、今日もすでに酒が入って出来上がっているのは間違いないようだ。
「おいバレットよお、お前さんも一回飲んでみろって! 爺さんが言う通り、こいつは中々のモンだぜ!」
他の常連はその洗浄用ナントカをすでに飲んでいるらしい。
大丈夫なのか、と思いながら、この国の連中の体内には『マナ・マシン』という便利アイテムが搭載されていることを思い出す。
あれは宿主の健康状態もある程度管理しているらしいので、アルコールに多少ヤバい成分が入っていたところで、問題ないように処理してくれたりするのだろう。
というか、もしかしたら普通の酒ではマナ・マシンのせいで泥酔状態になれない可能性もある。
本来であれば悪酔いどころか中毒死してしまうくらいのアルコールでなければ、むしろ彼らは気持ち良く酔えないのかもしれない。
酔っ払いどもの業の深さに、バレットは頭痛がする思いだった。
「まあ中々のモンとは言っても、爺さんが肌身離さず大事にしてるあのスキットルの中身ほどじゃあねえんだろうがな!」
「スキットル……?」
バレットがフール翁に目をやると、オンボロのジャケットの内ポケットから銀色に光るピカピカのスキットルが覗いているのが見えた。
傷一つなさそうなところを見るに、何か高硬度の金属でできているのかもしれない。前世でも確か、ちょっとお高いスキットルにはチタン製のものなどがあったはずだ。
「おっとお! こいつは駄目だぜ! このスキットルの中身を飲ませるヤツはすでに決まっとるからのう!」
フール翁はジャケットの前をサッと閉じ、スキットルを隠してしまった。
バレットも別にそれが飲みたいわけではない。というかむしろ、垢の浮いたジャケットの内ポケットにずっと入っていたような、老人の体温で温められた酒など飲みたくはない。
あれを飲まされる『すでに決まっている誰か』に同情すらする。
「いらんわそんなもん。
まあいいや。んじゃあ、俺にもその洗浄液とやらを一杯くれ。試しに飲んでやる」
「やめときなよアニキ! 飲み物じゃないからそれ! ウチのワンちゃんの大事なところ洗うためのやつだから!」
「ルー・ガルーのことワンちゃんって言うのやめろや。ワンちゃんの大事なとこ洗う液とか言われると余計飲みづらくなんだろ」
バレットもまた、毒もアルコールも効かない身体である。
軍事兵器のリアクターの洗浄用アルコールとかいう劇薬を口にしたところで死ぬことはない。
★ ★ ★
言うまでもありませんが、サブタイの通り、お酒は20歳を過ぎてから。
あと、20歳を過ぎていても工業用のアルコールなど飲料用でないアルコールを飲んではいけません。
現在は工業用でもメチルアルコール(メタノール)ではなくエチルアルコール(エタノール)が使われることが多いので毒性は低いですが、普通に飲めちゃうと酒税法にひっかかりますので、敢えて飲用に適さないように作られています。この世界のこの時代でも多分同じです。
ちなみになぜメタノールを摂取すると良くないのかと言いますと、エタノールを摂取した場合、体内で分解されることでアセトアルデヒド(二日酔いの原因とされるやつ。発がん性も認められている)に変わりますが、これがメタノールの場合ですと、ホルムアルデヒドが生成されるからです。これは殺虫剤やホルマリン液の原料になるもので、割と強めの毒性があります。
加えて、アセトアルデヒドがさらに分解されると酢酸(お酢の主成分)に変わるのに対し、ホルムアルデヒドがさらに分解されるとギ酸(蟻酸。アリが分泌する毒液の主成分)に変わります。このギ酸もまた有毒で、特に視神経に残留しやすく、最悪の場合は失明したり、死に至ることもあります。
※本作品に登場するキャラクターは例外なく特殊な訓練と人体改造を受けています。
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