第18話 闇から闇へ
◇ 治安維持局 エルドゥール支局 ◇
特務隊の若きエース、ジョナサン・ウルフ少尉。
彼の駆る
敵国エースとの戦闘回数も数知れないほどだが、そのすべてで勝利を収めているという。
もちろんそれにはある程度はウィザード連合国のプロパガンダも含まれているのだろうが、逆に言えばある程度は正しい情報でもある。
それほどの実力者が、たかがスラムでの制圧作戦に失敗した。
のみならず、愛機であるシャドウウルフをロストし、さらにその戦闘でのダメージで心身に重大な後遺症を負ってしまったという。
僚機に救出された彼は、正気を失っていた。
エルドゥールへ退却し、病院に収容された後も、彼の正気が戻ることはなかった。
今も入院している軍病院の部屋の隅で、虚ろな顔で何かをブツブツと呟きつづけている。
◇ ◇ ◇
「……精神汚染、か。少尉の精神への侵入元はMDI(マナ・ダイレクト・インターフェース)か?」
「はい、おそらくは」
ジョナサン・ウルフの病室が映し出されているモニターを見ながらそう尋ねるマクベイン副局長に、彼の担当医が答える。
MDIは非常に優秀なマン・マシン・インターフェースだが、パイロットのマナ・マシンとダイレクトに接続されるため、機体からのフィードバックがパイロットまで届いてしまう可能性がある、という欠点がある。
もちろん通常の戦闘であれば、たとえ撃破されたとしてもその痛みがパイロットまで返ってくるなどというようなことはない。
AMは痛みを感じないからだ。
しかしエーテルリアクターに直接影響を与えるような、特殊な力場などにAMが巻き込まれた場合には、稀にパイロットにも悪い影響が出ることがある。
わざわざそれを狙うような攻撃はこれまでの軍事史では観測されたことがなかったが、これまでなかったからといってこれからもないとは限らない。
今回のウルフ少尉のダメージからするに、おそらくはパイロットを狙い撃つための、AM専用のウィルスのようなものがどこかで開発されたのだろう。
「なるほどな。やはり何らかのウィルスのようなものに侵食されたシャドウウルフから、MDIを介しパイロットへ精神攻撃を仕掛けられたということか。
シャドウウルフへの侵入経路はどうだ? 戦闘の様子はモニターされていたのだろう?」
「ウルフ少尉がデータベースにない不明AMと戦闘し、これを沈黙させた後、不明AMの機体が金色に発光したところまでは記録されているのですが、その先は……」
ウルフ少尉の担当医の本業は医療だが、軍医という職業の性質上、軍事技術や軍事作戦に対する知見も必要となる。
今回も、彼が現在のような症状に陥った原因となった戦闘の詳細なデータも把握していた。
「なるほど……。その金色の発光が……例えば光信号などに変換したウィルスの散布だった、という可能性は?」
「MDIを侵すようなウィルスとなりますと、構成容量もそれなりのものになります。光信号のような単調なもので高密度データを再現するような技術が開発されたという話は聞いたことがありません。
それに、もしそうだとしたら映像をモニターしていた本部の端末も汚染されているはずです」
「まあ、それもそうか。いや、所詮は門外漢の思いつきだ。
それで……彼の目が、金色になっているのはどういう症状なのだ」
ジョナサン・ウルフ少尉は元々、WizUで最も一般的な、色素の薄い肌に金髪碧眼という容姿を持っていた。
そんな彼の
よく似た別人にすり替わっている可能性も考え、マナ・マシンの同一性検査やDNA検査も行われたが、いずれの検査結果も彼をジョナサン・ウルフ本人だと断定していた。
つまり彼は、あのスラムでの戦闘を境に、何らかの理由で瞳の色が変化してしまったということだ。
「……現在の彼のマナ・マシンが、記録にある彼に投与されたものと同一であることはシリアルナンバーが証明しております。しかし、その性質が以前と同様かと言われると、そうではありません。
元々マナ・マシンは宿主に合わせ少しずつ変異していくものですので当然ではあるのですが、それにしても前回の健康診断のときからの変異が大きすぎるように思えます。
このことが瞳の色に何らかの影響を与えている、と考えられますが……確証はありません」
「健康への影響は?」
「それは……申し訳ありません。それもわかりません、としか。
極端なことを言えば、現在の彼の精神状態とあの目の色に関連性がないとも言い切れないのです。
マナ・マシン自体は我が国の研究機関が開発し確立させた技術ですが……。個人ごとのその変異については千差万別。まだまだデータが足りない状況ですから」
マナ・マシンは今では全国民に接種が義務付けられているほどの重要な基幹技術のひとつである。
もちろん長期間にわたる臨床試験の果てに定められた義務であるのだが、実際に全国民という膨大な検体に投与したことによって、臨床試験では検出できなかったイレギュラーが散見されるようになった。
それが先ほど担当医が言った「変異」という現象だ。
一般的な国民が日常生活を送っていく分には、誤差として無視できる程度の変化しか起こさなかったこの「変異」。
しかしこれが、例えば軍関係者や危険作業従事者など、身の安全が脅かされ強烈なストレスがかかる職業についた者となると、単なる測定誤差とは言えないほどの変容を見せるケースがあった。
多くの場合、マナ・マシンや人体そのものの性能を引き上げる方向で作用するため、単に「成長」や「マナ・マシンが馴染む」といった表現で、被験者からは好意的に見られている上、関係者以外にはこの情報は伏せられているため、問題となってはいないが。
「……では、しばらくは経過観察をするしかない、ということか。
しかし、謎の小型
スラムとシティマフィアとの関連は未だ証明されていない。
しかしスラム単体では到底有り得ないような特殊な戦力が、間接的にではあるが複数観測されている。
もちろんいずれもあくまで「間接的に」、しかも「おそらくそうだと考えられる」という程度の根拠しかない。
これ以上被害が拡大するのは避けなければならないが、これらの事件での被害は一般人へのものではなく、治安維持局のものばかりだ。言ってしまえば、余計な手出しさえしなければ発生しなかった被害だと言える。
小型AGや不明AMに例の「危険物」が使われている可能性はゼロではない。
しかしそれは、対象を制圧し分解でもしてみなければわかるものでもない。
──スラムには、あの「危険物」は流れていなかった。
そう結論を出せるのは、この一連の作戦を最初から主導していたマクベイン副局長だけだ。
治安維持局の面子、そして真実の追及を選ぶか。
それともここでそう発表し、被害拡大を抑えるための損切りを選ぶか。
「……仕方、あるまいな……。
黒狼のジョニーがああもやられてしまったのだ。もはや、少数部隊で今回の件を解決できるような人材はいない。まさか全戦力を投じて内戦に踏み切るわけにもいかんしな。
やれやれ。ウルフ少尉を貸してくれた特務隊にはなんと説明したものかな……」
ウルフ少尉の容態は芳しくない。
しかし生きてはいる。
現代の医療技術ならば、生きてさえいればいつかは回復できるだろう。
少尉の敵討ちをするのなら、回復した少尉自身の手でするべきだ。
そういう論調なら、仲間意識の強い特務隊も納得する、かもしれない。
それで少尉が回復するまでの数年は時間を稼げるはずだ。
数年もあれば、副局長の椅子に座っているのはマクベイン以外の誰かかもしれない。
もちろん、マクベインがその更に上の責任者である支局長の椅子に座っている可能性もあるのだが。
◇ ◇ ◇
この「黒狼のジョニー」の敗北を機に、治安維持局はスラム──ラビッシュタウンへの介入中止を決定した。
政府への報告書には「最重要機密:『危険物』のラビッシュタウンへの流出は確認されず。すでに都市内で破壊されたものと推測される」と記載された。
ジョナサン・ウルフ少尉の戦闘記録映像と、その救出に向かったクレイグ・ラニガン軍曹の記録映像及び報告書、さらに最初に全滅した治安維持局の小隊が記録していた小型AGと思しき映像、その全ては「未確定情報につき、局内の混乱を避けるため」という理由で、機密レベルA(治安維持局副局長以上のみ解凍可)として凍結・封印された。
こうして、スラム・ラビッシュタウンには数年の平穏が訪れることとなった。
★ ★ ★
やったねバレットちゃん数年もシミュレーターで遊べるよ!
第一章終わりですが、主人公の戦績、生身しか勝ち星ないな……
ロボットモノなのに生身のほうが強いってなんだよ。
次章はちゃんとロボ戦でも勝ちます。
数年間の修行パートは、ビジュアル的には、いかなる状況でも決して不健康にならない少年が自堕落にゲームしてるだけになるので飛ばします。いや「だけ」ってことはないんだけど。
次話は閑話を挟みます。
章と章の間には閑話を挟んでいくスタイルにする予定(少なくとも第二章と第三章の間の閑話まではすでに投稿予約済み)ですが、特に閑話で書くこと無かったら飛ばすかもしれません。
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