第4話 よろしくメカド……メカニック
ドクはメカニックになりたかったのだという。
それも、戦場の花形である大型機動兵器『アサルト・マギア』、通称『AM』の整備士に。
しかしドクの生家の家業はまったく違う畑のものなので、どうあがいてもメカニックにはなれない。
そこで屋敷にあった何冊かの専門書を持ち逃げし、家出してスラムまでやってきたのだそうだ。
本は死守したものの、食うに困って栄養失調で死にかけていたところを、バレットに拾われ九死に一生を得たということらしい。
人型兵器AMの存在はバレットも知っている。スラムの上空をたまに飛んでいるし、実家にいた頃パレードなどで見たこともある。
その整備士というのも、まあいてもおかしくないか、とは思う。AMは見るからに複雑そうな機構をしているので、てっきり高度なAIを搭載したロボットなどが整備を担当しているものと漠然と思っていたが、人がやっているというならそうなのだろう。
その整備がやりたくて家出までしたというのか。
同じく家出少年であるバレットは少し親近感を覚えた。歳も同じだし、偽名を名乗っているのも同じだ。
ではと例の注射のことを聞いてみると、すでに接種済みであり、しかも位置情報を発信する機能などは休眠させてあるらしい。
なるほどメカニックになりたいと言うだけのことはある。いや人型ロボットの整備と血液中の小型マシンのハッキングに技術的な類似性があるのかどうかはバレットは知らないが。
「え、じゃあバレットのアニキは『マナ・マシン』の接種を受けてないんだ」
「マナ・マシン……?」
「ナノレベルの大きさの超小型マシンだよ。薬液といっしょに血液中に注入して、さっきも言ったように位置情報を周囲に発信したり、色んなシステムへのアクセスキーの代わりをしたり、脳の一部の演算を手助けしたりするんだ。血液や神経を通じて体細胞を活性化させて身体能力を向上させたり、怪我や病気の治りを早くしたりもできるみたい。
でも一番の役割はあれかな。宿主の意思をエネルギーに変換することかな」
「意思を……エネルギーに……?」
そのマナ・マシンとやらについて、バレットが知っているのはアクセスキー代わりの部分くらいだ。
脳の一部の演算を肩代わりするという部分も気になるが、それ以上に意思をエネルギーに換えるというパワーワードが気にかかる。
「マナ・マシンを通して、意思をエネルギーに変換し、それを体外に投射することで、小型のバッテリーくらいなら充電できたり、特定の機械の起動を促したりすることができるんだよ。
ちなみにこの『特定の機械』ってのの代表が、軍事兵器であるAMだね」
さらに、マナ・マシンの扱いに慣れた熟練者であれば、投射エネルギーによって物理的な現象を起こすことすら可能だという。
わかりやすいもので言えば、例えば手元で電気的なスパークを発生させるだとか、炎を生み出すだとか、空気中の水蒸気を集めて水を作り出すだとか、だそうだ。
もちろんそういう才能があった上で多大な努力を重ねる必要があるため、そこまで出来る者はそう何人もいないそうだが。
しかしそうは言っても、何も無いところにいきなり火や水を生み出すなど、そんなのもはや「魔法」の領域である。
(つまり俺は……転生特典で余計なチートスキルを選んだばっかりに、得られたかもしれない『魔法』を諦めざるを得なくなった、ってことか。笑えねぇな……)
「どうしたの、アニキ。あ、マナ・マシンなら大丈夫だよ。正規ルートじゃなくても流通してるものはあるはずだから。この規模のスラムなら間違いなく闇市で出品されてるね」
「……いや、そういうのはいい。俺にマナ・マシンは必要ない」
針が刺さらないことはわかっている。
闇市なら相場よりも高いだろうし、そんな大金をドブに捨てるような真似はしない。
「え、でもこの国じゃあ……まあ、スラム暮らしならあんま関係ないか」
「この国じゃなんだよ。やっぱマナ・マシン入れてないと後ろ指刺されたりすんのか?」
「うーん……僕もそんなに詳しいわけじゃないんだけど。
12歳を過ぎてもマナ・マシンを入れてない人は『バニラ』って呼ばれてて、マシンの個人識別機能で管理できないから専用のリストで管理されることになる、とか、そのリストは定期的に流出騒ぎを起こしてて、色んなところで扱いがちょっと不利になる、みたいなことは聞いたような……。
ほんとにいいの?」
「ほんとにいらねえ」
やはり注射を受けないと良くないことになるようだ。
ある意味差別とも言える内容の扱いだが、聞けばマナ・マシンの投与は完全に税金で賄われており、費用は一切発生しないという。
つまり何らかの理由──例えば国に個人情報を管理されたくないなど──で接種を拒否する人間や、元々スラムで生まれて戸籍がない人間などを除けば、いわゆるバニラは存在しないことになる。自己責任ということだ。
それなら、為政者側としては、少なくともわかっている限りはリストを作りたいのは理解できる。
そしてバニラに対する差別的な感情が下地にあるのなら、現場でそのリストがついつい流出してしまうのもわからないでもない。これについてはコンプライアンスやガバナンスはどうなってるんだと言いたくもなるが。
「ていうかお前、今サラッとアニキとか言ったか?
12歳でマナ・マシンの接種してから発信機能殺して家出したってんなら、俺より誕生日早いんじゃねえのか。いつスラムに来たか知らねえけどめっちゃ痩せてたしよ。なんで俺がアニキなんだよ」
「ボクが従うべき存在だから、かな。アニキ分ってそういうもんなんでしょ? 特にこういうスラムみたいなところじゃ。多少の年齢の差なんて関係ないだろうしね」
ドクはそう言うと、分厚い瓶底メガネをクイッと持ち上げた。
「あとそのメガネも何なんだよ。昨日までしてなかっただろ。どっから出したんだそれ」
メガネの効果か体調が改善したからか、拾ったばかりの頃と比べると随分と印象が変わったような気がする。
あの時は意外と整った顔立ちをした上品な子供、というイメージだったが、今はどう見てもこまっしゃくれたやんちゃ坊主にしか見えない。
メガネの下にはそばかすも浮いている。そばかすなんてあっただろうか。
「スラムで子どもがこんなの掛けてちゃ、すぐに奪われちまうだろ。だから大事にしまっておいたんだよ」
「じゃあなんで今出した」
「アニキがボクを介抱してくれたからさ。あれできっと、このスラムの中じゃボクはアニキの傘下に入ったって思われたはずだよ。そのボクから何かを奪おうとしたら、アニキに報復されるだろうってのはどれだけ学の無いバカでも想像できるはずだ。
つまりボクのメガネはもう安全ってわけ」
バレットにはそれが正しいのかどうかはよくわからなかったが、本人がいいならいいだろう、と思っておくことにした。
メガネやアニキ呼ばわりはさておくとして。
家業がはっきりしているくらいだし、ドクの実家もまたそこそこ良いところではあるのだろう。
そういう家柄でそれなりの教育を受けてきていて、しかも専門書を何冊も持っているからと言って、スラムの孤児が専門技術を手に入れられるとは思えない。
ドク自身、簡単にAMの整備士になれるだなんて考えてはいないらしい。
当然ではある。AMと言えば最新鋭の兵器であり、つまり軍事機密の塊であり、国家にとって最も重要な資産のひとつである。そんなものがスラムなどに流れてくるはずがない。
実物に触ることもできないのなら、整備士など夢のまた夢だ。
しかしAMの台頭以前に戦場を席巻していた旧式の大型兵器群であれば、スラムに流れてくる可能性もないではない。
もちろんそんなものは都市による規制の対象になる。いかに法の及ばぬスラム街と言えど、堂々とそんなものが闊歩していれば都市からそれこそ最新鋭のAMが文字通り飛んできて制圧されてしまうだろう。
スラムに許されている『兵器』といえば、せいぜいが携行可能な火薬式の小火器くらいなのだ。いやそれすらも別に許されているわけではなく、目溢しをされているに過ぎないのだが。
「旧式の
無理だろう。
バレットはそう思った。が、AMもどこかの誰かがAGの技術を踏み台にして開発したものに違いはないだろうし、それがドクにできない道理はない。と反論されてしまえば、決定的に否定する要素もないように思われた。
実現可能性が極めて低いことはわかるし、ドクにもそれはわかっている。
しかし夢とはそんなものだと言われてしまえば、それ以上何も言うことはできなかった。
転生したらチートスキルで無双したい、という漠然とした人生を夢想して生まれてきたバレットは、特に。
「まずは、素体となりうる型落ちAGの確保。次に、アニキみたいなバニラのアウトローでも操縦出来るようにインターフェイスの改造かな」
アウトロー呼ばわりかよ、と思ったものの、他に言いようがない立場なのは事実なので何も言わなかった。
(……マナ・マシンなしでも操縦可能な大型兵器、か)
せっかく異世界に転生したというのに、自らの墓穴で魔法を得る機会を失ったバレット。
であればせめて、SF世界に相応しく、巨大ロボットを操縦してブイブイいわせてみたい。
その夢を叶えるために、このドクが全面的に協力してくれるというのは悪くない。
ほんの小さな好奇心からのことだったが、ドクを拾ったのは僥倖だったのかもしれない。
「まあ、俺が乗れる人型ロボットを用意してくれるってんなら悪くねえか。
よし、これから頼むぜ、ドク」
「任せといてよ! ……ん? 人型ロボット?」
「あんだよ。AGだのAMだのっつったら人型ロボットじゃねえのかよ。昨日だって編隊組んでお空飛んでたぜ? 最新鋭機サマとやらがよ」
「あー……。まあ、人っぽい形が多いのは確かなんだけど。アニキ知らないの? アレ、人型ってわけじゃないよ?」
「そうなのか?」
「うん。例えばAGで言うと、一番生産されてるのが型式番号NI902、通称『ゴブリン』なんだけど、コレはいわゆる、御伽噺とかに出てくる邪妖精の、名前の通りゴブリンに近い形状。その次に多いのが型式番号KMO-03、通称『マッドドッグ』で、マッドドッグは犬みたいな四足歩行型だよ」
「まじかよ……。いやまあ、それはそれでカッコいいか……?」
ゴブリン型と狂犬型ということだろうか。
となると、人をモチーフにしているのではなく、いわゆるモンスター的なものをモチーフにしている、のだろうか。
確かに、言われてみれば人と言うにはデフォルメ感があった気もする。
今更そんな微妙なところで異世界感を出されても困るが。
「ちなみにアニキが見たっていう編隊組んで空飛んでたAMは多分、『オーガ』かな。型式番号はゴブリンシリーズのNIにオーバーサイズのOを加えたONI803だよ。オニマル社のフラッグシップAMで、残念ながら最新鋭機ではないね。まあそうは言ってもオーガは現状WizUで一番バランスがいい量産機だし、オーガに搭載できるサブフライトシステム自体は最新鋭の技術だけど。
ちなみに──」
それ以上聞いても頭に入ってこなかったので、ドクの説明はそこで打ち切らせた。
まあ人型だろうと何型だろうと、巨大兵器を自在に操縦して暴れられればそれでいい。
◇
バレットとドクはこの日から、ラビッシュタウンの端にある廃倉庫街を縄張りと定め、スラムに捨てられたガラクタを拾ったり、闇市に出された用途不明の機械部品を買い漁ったり、そういう生活を始めた。
闇市で、暴力ではなくきちんと金銭で買い物をするバレットの姿に、スラムの人々は少しだけ安心した。
これまでバレットは、スラムの人々にとって、上流階級の服を着た全く話の通じない小さな猛獣のような扱いだった。
それが、どうやら商取引が出来る程度の知能はあるらしい、と周知されたのだ。
そして、話が通じるのであれば、と考えたスラムの実力者がバレットにコンタクトを取ろうとするのも、当然のことなのだった。
★ ★ ★
ナノ・マシンだと思ってた人、正直に手を挙げなさい。
【Tips】
・アサルト・マギア(AM)
WizU(ウィザード連合国:Wizards Union)が誇る最新鋭の機動兵器。全高または全長は、15メートル以上。(これ以下のサイズだとAM用大型エーテルリアクターが搭載できないため)
動力源は第七次産業革命においてWizUの研究機関が発見した概念物質『エーテル』。
同国の独自技術である『マナ・マシン』による認証・起動および操縦システムを軸にしているため、マナ・マシン接種者以外はシステムの起動すらできない。また起動できても軍用にアジャストされたマナ・マシンのサポートがなければ操縦は困難。
もとは強襲用として開発された機動兵器だが、廉価版であるAGも強襲用以外の用途で活躍していることもあり、用途にこだわらず幅広く利用されている。名前の「アサルト」はあくまで開発コードの名残りであり、全てが強襲用というわけではない。
・アサルト・ギア(AG)
WizUが開発した機動兵器。全高または全長は10メートル以下。(これ以上のサイズになると、AG用小型エーテルリアクターでは出力が足りないため)
AMよりもかなり以前に基礎開発が終わったのは事実だが、別に旧式というわけではない。用途の違いやコストの関係で現在でも各社で新型AGの開発は続けられている。
軍用以外の用途のものも多く、民間向けの機種であれば操縦に軍用マナ・マシンのサポートは必要ない。
民間の建産機は三日間の講習を受ければ操縦可能。建産用AGを所有している企業で操縦する際は修了証書を提示し、事業責任者が許可を出す必要がある。
わざわざ本文中に書くまでもないかなーと思った内容は【Tips】として記載していこうかと思います。
また、過去に【Tips】としてまとめていても、後で必要になったら本文中にも記載します。
なおあくまで本作においての用語解説であるため、現実に同名の用語が存在していても、必ずしも現実的に正しい解説であるとは限りません。
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