受け入れること
ユンロクが狩から戻るのを、ララは立ったまま待っていた。腕を組み、一歩も動かず、
ララは考えることが得意ではない。それでも集落に戻るまでには石で殴られたようにある考えがララの頭に降ってきた。もしそれが正しいなら、すべての答えを知っているのはユンロクしかいない。
ララと呼びかけたやさしい声。あれは長老の声でもなければ、聞き慣れたマリアウルの声でもない。呪術師のいつもの
しかしララはもう、マリアウルが生きているのを知っている。そうであるなら、もう一人だけ生きているはずの人がいる。
「ユンロク!」
「どうした、呪術師のところで聞いたか」
「知っててわたしを行かせなかったのか」
ユンロクは柔らかい困ったような笑顔を見せる。そして声を落とすために、少しだけララに身を寄せた。
「昔はみんな知っていた。いまは誰も言わなくなったから、お前が知らなかっただけだ」
「わたしが精霊の子だからだろ」
ララも小声で応じる。ユンロクは今度は目を丸くして
「呪術師の仮面の下にも、腕にも、見たことない傷がある。それにユンロクが生きている間で、あの儀式がマリアウルと別に一度だけあった。ユンロクの妹だ」
集落に吹き込んだ風がララの
「いまの呪術師は、ユンロクの妹だった。兄妹で子を
ユンロクは黙って
「でも本当に死んだわけじゃない。お腹の子だってそうだ。あそこで産んだんでしょ?」
口を
いつにないララの表情に、ユンロクもやがて観念する。ゆっくりと深く、瞳を閉じたまま
「それがちゃんと育ったから、ユンロクが預かって森に連れて行った。それで小さな子を抱えたまま森から出てきて、大嘘をついたんだ。精霊の子を拾ったって。だから……つまり……呪術師がわたしの本当の」
「それより先は言ってはいけない、ララ。俺たちも教えてはならなかった。だが、よく考えたな」
ユンロクはララの頭を
つまりララの考えが正しいことを、それに自分で気づけたことを、おじさんは認め、一族として
「俺たちはあのとき、お前を生かすことを選んだ。全員が知っているわけでもない。もちろん怪しむ者もいたし、そのときの長老はいい顔をしなかった。だがな、今の長老が説得した。お前を妻送りに出すまでの間なら、黙っておけば村は乱れないとな」
「長老って、マリアウルのおばあちゃんの?」
呪術師のところでララを
「お前とマリアウルが親しくするのは好かなかっただろうな。マリアウルがこんなことになって、お前を生かすことにした自分への罰だと思っているだろう」
「だったらあいつを追放すればよかったのに。兄ぃのほう」
「あれもが仕方ない。弟みたいに罪を背負うと、代わりに一族がおしまいになる。だからああやって女に罪を全部渡して、なんとか言い訳して一族を残す。そうやってやってきたんだ」
「ひどいね」
「まぁ……それはそうだな」
不思議とララの心には怒りが
——精霊の子。
「今度の精霊の子もちゃんと大きくなるかな」
「どうだろうな。まず無事に育つかどうかだ。しばらく生きれば、精霊の子として迎えられる」
集落のあちこちで
すべてを知ってみると、
どんどん大きな話になるようで、結局は小さな話だった。生きていくとは、そういうものなのだ。
「あれ? 男の子だったらどうするの? 妻贈りで追い出せないよ」
「誰かの一族に入る。別の一族じゃないとダメだがな」
「ふぅん」
なんだって
想像できないほど長く続くものを、ララは川のほかに知らなかった。だからララはその長い長い集落の日々を川のように思い描いていた。それは長老が生まれるよりも前の、そのまたずっとずっと前の昔からはじまって、いまララのところに流れている。
その川の流れのうえで、みんなが長い長い
「もし男の子だったらさ、ユンロクの子どもにしてあげてよ」
「あ?」
「精霊の子の父親役、いい感じだったよ。それに一族も残るし、ほら、わたしいなくなったら、新しい“セキニン”欲しいでしょ?」
ユンロクは苦笑いしたが、やらないとは言わなかった。
どこまでも真面目でやさしい男。それがユンロクだ。ララはこの何日かでそれを知った。だからユンロクになら、マリアウルの子を任せられる。
「そうだ、おじさん。最後のお願い。明日
ララは両手で紐の長さを示す。ユンロクは柔らかく笑った。
「全部わかった
「いいでしょ、おじさん」
「他でそう呼ぶなよ」
ララは
雨上がりの森を抜けてきた風が香る。ララは胸いっぱいにそれを吸い込んだ。すべてが生まれ変わったような新しい風が胸を満たしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます