生き続けること
雨が上がったのは、ララが旅立つ二日前のことだった。芋の畑はどうともなっていないという報告がすぐにあって、次には何人かが川に向かう。小屋に追い立てられていた犬と大ネズミがまた広場に放たれる。そうしているうちに広場の
もう誰もマリアウルの話などしていない。
ララは雨上がりの
呪術師はマリアウルを殺した。
いやマリアウルを殺したのはマリアウルの罪、兄ぃの身勝手さ、ララの臆病、ユンロクの意固地さ、そして何より村の
雷雨の中で、ララは何度も呪術師を許そうとした。ユンロクのことも許そうと、心の中で言い続けた。そうするべきだとはわかっている。どうしたらこの心を抑えて二人を許せるのか、マリアウルと相談したかった。
しかしララにはもう日がない。心の中であれこれ言い訳をつけて、ユンロクや呪術師と話す理由を作り出したり、落ち着くまで眠り続けたりなどできるわけもなかった。
だからこの泥のような気持ちを抱えたまま、ララは歩かなければならない。足を泥に汚して、草木の
「マリアウルの最期を教えて」
「聞いてどうする」
「忘れないで生きる。マリアウルはわたしの一番大切な人だった」
答えに迷いはない。ララはこの集落で何一つ
「あの灰は
「マリアウルは身体中に塗られた」
呪術師は黙って
女の身体を集落の男全員で傷つけるのだ。それは
「あのあとこの小屋で一晩手足を
死体という言葉にもララは
「マリアウルがつけてた赤い石の
呪術師は首を振った。
「どこかに落ちたんだ。帰りに見る」
「それはしなくてよい」
「死者の飾りは不吉だって言うもんね。でもあれはマリアウルのだし、それはこの集落の決まりで、わたしの行く知らないところではそうじゃないかもしれない」
仮面の奥から深いため息が
「母に会わせろって言ったけど、あれはもういい。もらった草を雨に濡らしてダメにした。杖が間に合わない」
「あんたのことも、ユンロクのことも、正直全然許せない。でもきっと二人とも正しいことをしたんだと思うようにしてる。だから預けてた
呪術師はようやく動きを止める。しかし
「なに?」
ララは口を
「何が不満なの? 決まり守らないから? いいでしょ、どうせすぐにいなくなるんだよ」
呪術師は木のように動かない。しかし仮面の奥で
しばらくすると森で鳥の高い鳴き声が
「弟子を取った」
ようやく呪術師の口から出たのは、ララが全く考えなかった言葉だった。
「そうなんだ」
「今は精霊と言葉を交わせるまで、口を開いてはならない。だから決して言葉を交わすな」
「会っていいの?」
ひとつ
しかしララにとって、それは彼女でしかあり得なかった。
その指。背格好。足先。腕につけた赤い石の飾り紐。
肌にひどい傷がついていても、ララがそれを別人と見間違うはずもなかった。
「マ」
「あん!」
口にした名を、呪術師が大声で埋めた。すぐに杖で叩かれたあたり、それだけは絶対に
マリアウルは話すことも
「これに名はない。そのうちただ呪術師とだけ呼ばれる。マリアウルは死んだが、弟子ができた」
「きっとすぐ精霊とも話せるよ。絶対才能ある。そんな気がする」
ララの口をついて、次から次に言葉が出てくるのを抑えることができない。
「そうだ、もしいいんだったら、わたしの杖を使わせてあげて。作りかけだけど、精霊の子が作ったんだから、きっとどんな杖より精霊も気にいってくれるでしょ?」
マリアウルは呪術師を見る。仮面の中でまた深く息をついたが、呪術師は投げやりに「好きにせい」とだけ言った。ララはいよいよ目から
「すっごい呪術師になってさ、気に入らないやつなんてみんな呪い殺しちゃってよ。できるよ」
また呪術師に杖で叩かれる。ララはそれさえも嬉しく感じて、へらへらと笑ってしまう。
「よくはないのかもしれないけど、でもよかったって思おう。この人は変だけど悪い人じゃないし、いろんなこと知ってる。わたしにも優しいから、そこも一緒。ここだと寂しいかも知れないけど、精霊たちがたくさん話してくれるだろうし、わたしも向こうで精霊たちにお願いして言葉を伝えるから……その、精霊と話せるようになったらだけどさ」
向こうの集落にも呪術師と精霊がいるのだろうか。ララはきっとその教えを受けようと心に決める。歌がララと
「
ララの背から老婆の低く冷たい声がした。
振り向けばそこにはマリアウルの祖母、長老の姿がある。長老はマリアウルの姿に全く
「帰れララ。ここに来ることを二度と禁じる」
「なんで」
長老は答えなかった。ただきつく
「帰れ」
ララは今一度マリアウルを見て、黙って歩き出す。道はまだぬかるんでいる。
「ララ」
聞いたことのないやさしい女性の声で呼びかけられる。しかし振り向いても声の主は見当たらない。ただ呪術師が何かを
ララが受け取ったのは緑に白い筋の通った石のついた
「いろいろありがと! お母さんの精霊に会ったら、向こうで元気にしてるって言っといて!」
飾り
「ほんとにさよならだ」
ララは小さな声でそう言って、ぬかるんだ
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