結びつけること
川岸に歌声があった。
川はひどく
増水期を終えた川岸では、ごつごつと硬く黒い岩肌が現れる。川がどれほどの泥を押し流しても削れない、不思議な岩だった。その上を
歌声の主はララだった。呪術師に習った歌を真似ている。まだ全てを覚えたわけではなかったが、好きな
また一つの岩の柱に近づいて、ララはその根元の岩に詰まった泥を
ララはこの数日、ここに通い続けていた。
しかしララにはもう別の目的もできている。この最後の日々でララが得たのは、自分にも何かが作れるという感動だった。だから旅立ちの日までに作りたいのは杖だけではない。大切な人たちのために、ララは飾り紐を作ろうとしていた。
泥の中から一つの石を拾い上げる。泥に塗れた手で何度か表面を
「これユンロクおじさんのにするか」
呪術師に借りたカゴに入れて、また次の泥に向かう。杖の分と渡す分で、あと何個か見つかれば足りるはずだ。
ララはまた歌い始める。知らない言葉、聞き慣れない
川の流れが石を運んできたように、きっとこの歌もどこか遠くから流れてきた。
そう考えて、ララは手を止めて立ち上がった。
この川に沿って、自分もどこか知らないところに流れていくのだ。
ララは初めて、妻贈りがどういうものか、本当の意味でわかった気がした。それは見慣れない石のようでもあるし、聞き慣れない歌のようでもある。
だからこそ、きっとそれを美しいと思う人もいるはずだ。
ララは胸いっぱいに息を吸って、もう一度はじめから歌い始める。歌声が川の流れに溶けていく。あの空の青、あの雲の白、
そのときララが得た感覚を言葉にするのは難しかった。ただララは途方も無いほど大きくて、受け止めきれないほど激しい流れが、ララの体の中に
ララはただ、自分がたしかに生きているのだと、それだけを言葉にできた。たとえどこでどう過ごすとしても、そこでも
歌が終わる頃には、ララの瞳には涙が
「
誰かが来ているなど気づきもしなかった。しかし振り返ればそれはマリアウルで、彼女も目を
「ごめんね、黙って聞いちゃって。でもほんとうに、すごく
そこまで口にして、マリアウルは顔を両手で
「ごめんね、ララが本当に遠くにいっちゃうんだって、なんかすごく寂しくなって」
言葉はそれ以上続かなかった。ララは何度も腕で涙を
「私も寂しい!」
マリアウルは
「はじめて寂しいって言ってくれた!」
二人は言葉にならない声をあげ、ただ抱き合ってわんわんと泣いた。
マリアウルの腕の中で、ララは自分がどれほど妻贈りの旅を不安に思っているのかをようやく知った。そしてその不安の中には、マリアウルの行末を見届けられないという無念もある。あの秘密が暴かれるとき、ララは彼女の隣で彼女を守ることができない。どこか遠いところで、ただ祈るように歌うことしかできないのだ。
「ねえマリアウル」
ようやく落ち着いた頃、川からの風を受けながら、ララはそっと切り出した。
「私はマリアウルのことを本当に大切に思ってる。私には親も兄弟も姉妹もいないから、この
「うん、ありがとう」
「だから二つだけお願いがある」
「ふたつ?」
ララはマリアウルの肩に手を置いて、その美しい瞳を見つめる。
「兄ぃとはやめて、嘘でも他の人と結婚して」
小さな口がきゅっと結ばれた。マリアウルが何かを言う前に、ララは言葉を続ける。
「そうじゃないと、私は向こうで安心して生きられない。マリアウルがどんな
マリアウルは返事をせず目を
「もう一つのお願い」
ララは両手で乾いた泥を身体中に叩いて落とす。それから自分の
マリアウルの両手を取り、その上にそっと飾り
飾り
「受け取って。私が作った」
マリアウルは
「
「うん。呪術師に習った。私のこれと同じ石」
ララは自分の髪飾りを指差す。マリアウルにもらった一番の宝物だ。
「間に合わなかったらイヤだったから、マリアウルには絶対に私と同じ石のやつを渡すって決めて、一番最初に作った。あとユンロクにも渡すけど、石は別。それが一番特別で、一番大切なの」
「これがお願い?」
「うん。大事にしてくれたら嬉しい。親友の証」
マリアウルはもう一度ララに強く抱きつく。危うく二人は倒れそうになって、足場の悪い岩場で一度よたよたと互いの体を支え合った。
「受け取るよ! ありがとう! あたりまえでしょ! もうつけていい?」
マリアウルは早速自分の頭に刺してある
「そんな、目立つところじゃなくても」
「やだ。ほら、これで一緒!」
ララの髪飾りと同じところに、飾り紐が揺れた。マリアウルの弾けるような笑顔に、ララはもう一度大きな鳴き声をあげる。その背をマリアウルが優しく叩いた。
耳元で、優しくマリアウルが語りかけた。
「ほんとうにありがとう、ララ。兄ぃのことも、ララの言う通りにする。だから安心して旅立って」
ララはその顔を見ないまま、マリアウルの腕の中で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます