紐と歌
教えてもらった草を
「取りすぎだ」
「たくさん使いたいから。これである分貸してよ」
この数日で呪術師とはすっかり打ち解けていた。どれだけ何を言っても、呪術師はララを否定しなかったからだ。初めは
何かを追い払うみたいに指先を振ったあと、呪術師は小屋に戻って
「ちょっと空けてよ。ここが一番やりやすいんだから」
足の指で結んだところを押さえると、その足を反対の
すぐにひとつを
「全部こう、何回もぎゅっとやっていいの?」
ララが尋ねると呪術師は
「強くやってもまぁ切れん。だが引くより
呪術師は
「なんで仮面してんの」
「呪術師の決まりだ」
ララは目を細める。決まり、
「顔、なんかついてた」
自分の
何か言うと思ってララは耳を
肩を落として次の草束を手に取った。
「ユンロクにばらしたでしょ、秘密だったのに」
呪術師の
「これからは誰にも言わないでよ。ユンロクとマリアウル以外はみんな私のこと嫌いだから、禁止されたらどうすんの」
呪術師は人差し指を伸ばして、荒れた指でララの髪を
「なにすんのさ」
「クシを通せ」
「なにそれ?」
両手の指をだらりと
「骨を使って歯を作る。髪の汚れを落とす」
呪術師は立ち上がって
なぜそんなことをしないといけないのか、ララには全くわからなかった。精霊が呪術師にそうしろと言ったというのだろうか? もしもララの耳にもその声が聞こえれば、ああして
杖を
「そりゃマリアウルにも嫌われるよ」
また次の
用意していた石を一つとってみて、
「違うんだよなぁ」
解いてみて、呪術師の杖を思い浮かべた。
「髪に触るぞ」
「わっ」
いつの間にか後ろにいた呪術師が声をかける。
「ダメだよ、女なの?」
男が妻以外の女の体に触れるのはよくないことだった。殴ったり蹴るのはいいようだから、絶対禁止ではないらしいとはララも知っている。しかし髪に触るのはそれとはわけが違った。
「女だ。わからんで横に座ったか」
呪術師の
「
ララのごわついた髪に、何かがぐっと差し込まれる。髪を握られて引っ張られるような感覚があって、思わず手を止めて声を上げた。
「うあー なにすんだよ」
「これが
呪術師はクシを繰り返す。なんだか遊ばれているような気もしたが、呪術師が言うからにはそれも精霊の声を聞くために必要なことなのだと考えることにした。
頭を引っ張られながら、なんとか
「マリアウルは、兄から離れたか?」
ララは勢いよく立ち上がってあたりを見た。呪術師と自分しかその場にはいない。頭に刺さったままのクシを取って、呪術師に向き直る。呪術師の仮面は変わらずじっとララを見ていた。
「なんで知ってるの」
「一度邪霊払いを頼まれた」
「でも、じゃあ……おじさん気づいてるの?」
呪術師は首を振る。
しかしマリアウルが自分でそう言わない限り、集落の誰かがほんとうのことを呪術師に伝えている。それはマリアウルがララにさえはっきりとは伝えていない、重い重い秘密だった。いや、もはや秘密を超えている。それは邪霊のような後ろ暗さと恐怖と不安の
ララは足元がおぼつかなくなって、
「精霊しか知らない」
呪術師は石を叩いてララを座らせる。ララは呪術師の言いなりになって、力なく
「怖いんだ。マリアウル、優しいから。でもわたし、もうどこか遠くに行っちゃうし、どうなっちゃったのかも知らないままでさ、ちゃんと普通にさ、結婚して子供産んでくれてたらさ、ほんとにいいのかは知らないけど、出発のときに遠くで二人とも幸せに生きてけるって思えたらさ、それだけでよかったんだけどさ」
ララは自分が何を言っているのかよくわからなくなっていた。自分の口から次々と言葉が出てきてしまって、整理することも止めることもできそうになかった。
呪術師は続けてララの頭にクシを突き刺す。背を向けているおかげで、ララは泣き顔を隠さずにいられた。
「邪霊じゃなかったんでしょ」
「ああ違う。そんなものはいなかった」
「やめさせられないの?」
「できない。マリアウルが自分で止まることができなければ」
——できない。
しかしその呪術師が「できない」と言った。
呪いでも邪霊でもなんでもない。マリアウルは
呪術師が大きく息を吸う。
しかしよく知らない言葉たちも、
——歌だ。
聞き慣れない
それは不思議な体験だった。呪術師はララの暗い気分に寄り
歌声は不意に止まった。振り返ったララに、呪術師は杖で空を突いて言う。
「歌は
ララはその言葉の意味を少し考えた。さっき感じたことが、もしかしたらそういうことなのかもしれないと思った。
「
「すごいね。私も歌ってみたかったな」
ララには歌える歌がなかった。歌は一族のもので、ララには一族がない。どの歌も歌ってはならないし、教えてくれる人もいない。それらしいものといったら、呪術師が
つまらなそうに言ったララの背から、仮面の中に
「
「え、じゃあいいの?」
ララは振り返って目を見開いた。
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