第2話 自然

 この世界にはと違い自然が豊かだ。

 前の世界のことを思い出したのは5歳の時だった。

 村にあった神像に祈りを捧げた時に、心のなかに温かいものが湧き出した。

 村の大人たちの話では、俺は身体が弱くしょっちゅう熱を出し、生き残れるのか不安に思われていたぐらいだった。

 だから神に祈ったのだが、結果としてその日から俺はガラッと変わった。

 熱を出すこともなくなり、理路整然とした言葉を話し、そして身体も強靭になった。

 神の加護を受けたんだと村では有名になった。


 それから7年。俺はすくすくと成長している。


 村の裏手、丘を下りた場所に流れる小川に水を汲みに行く仕事は俺に与えられた役目だ。

 2年前に地面が大きく揺れてから村の井戸は枯れてしまい、少し距離の在る小川まで水を得なければいけなくなった。

 それから毎日俺は水桶を載せた荷車を担いで村と小川を往復して村の人々のために水を運んでいる。

 村の若手には他の仕事もあって、この仕事が可能なのが俺だったというわけだ。


 緑色の絨毯のような草原を通い慣れた道、俺自身の足で作られた道を歩いていると、左右から近づくものがいることを草原の草の揺れが教えてくれた。


「たく……懲りもせず……」


 俺は水桶を載せた荷車を置いて腰に挿した鉄の剣、といっても刃はボロボロで鉄の棒に近い、を抜いた。


「ゲゲゲっ!!」


「グゲゲッ!!」


 赤茶けた皮膚にぼつぼつとしたイボ、ガサガサの肌の子供のような風貌。

 木の皮を合わせたような粗末な服、そして持っている武器は木の棒や棍棒と原始的、しかし、明確な敵意、殺意を持って襲いかかってくる。

 赤く鈍く光る瞳が人間の敵であることを明確に示している。魔物だ。

 ゴブリン。

 魔物の中では非力でそれほど怖い存在ではないが、数が多いと厄介だし、ずる賢く群れで襲われると非常に厄介だ。ネズミのように増えるので、いくら倒してもキリがない。

 この世界は、こういった魔物で溢れている。

 水を手に入れる、食事を手に入れるのだって人間は死ぬ気にならなければいけない。特に、名もないようなうちみたいな小さな村を作って生きている人間は。


 みたこともない、父も母も、魔物によって殺されたと聞いている。

 それでも、俺達はあの小さな村にしがみついて生きていくしかない。

 だから、水を手に入れなければいけない。


「ギャーーーっ!!」


 甲高い耳障りな声とともに、ゴブリンたちがが一斉に投石をしてくる。

 大した力もないから多少痛い程度だが、怪我でも追えばすぐに命取りになるこの世界では迂闊に怪我もできない。飛んでくる石があって、俺の手には鉄の棒がある。

 やることは一つだ。


「ふんっ!!」


 鉄棒を振り回して石を打ち返してやる。

 

「ぎゃんっ!!」


 運良く、相手にとっては悪くだが、二匹ぐらいのゴブリンに打ち返した石がめり込んだ。

 俺はそのまま打ち返した逆のゴブリンに時計回りに走って接近する。


「遅いっ!!」


 棍棒を構えようとしているゴブリンに鉄の棒を叩きつける。手に伝わるグシャリとした感覚は気持ちが悪い。しかし、そんなことを気にしてはいられない。次の獲物を定め、一気に仕留めにかかる。


 俺は、村の大人よりも、強い。


 神の加護を得て、成長していく中、気がつけば大人よりも力も体力も上になっていた。魔物を倒すようになると、その差はどんどん広がっていった。

 魔物を倒していると力が手に入るということはこの世界ではめずらしいことではないのだけど、俺は、その強くなり方がかなり大きいようだ。神の加護を得ているからだろうと大人たちは話していた。ただ俺は、本当に加護があるなら父と母も救ってほしかった……


「神がいるにしては、厳しすぎるだろっ!! この世界!! 人間にとって!!」


 最後のゴブリンを叩き伏せた。

 赤い瞳の魔物は死んだあとには灰になって消えていく、そしてその後にはそれぞれの魔物にあわせた物が落ちる。ゴブリンは大抵小さな魔石、たまに薬草が手に入る。

 今日は魔石だけだ。魔力の籠もったこの石は大きな街に行けばお金になるので村として集めている。拾い集めながらゴブリンが身につけていた装備も一箇所に集める。後天的に身につけた道具は残るんだが、ゴブリンの道具は臭い。強烈な匂いを放つ。そしてその匂いが魔物を呼び寄せるから、きちんと燃やすか埋めて処分しないといけない。かなり深くに埋めるよりは、火をつけてしまったほうが良い。

 元鉄の剣を木々にこすりつけ、そこに乾燥した草を載せておけばすぐに火種が出来る。ガタガタな刃がこういうときには役に立つ。

 処理が済んだらしっかりと土や砂を被せて火を消しておく、帰り道一面が炎の海になっていたら笑えない。

 

 俺は再び荷車を引いて川へと向かう。


 こんな危険な目にもあいながらも、俺達は必死に毎日生きている。

 

 帰り道にもまたゴブリン5匹ほどに襲われた……


 昼前には村に戻るつもりが、2つの太陽が真上で重なる時間になってしまった。


「遅かったね、また襲われたのかい?」


 村のそばで畑の世話をしていた老婆が話しかけてくる。


「ミナばーちゃん、やっぱりゴブリンの巣が近くで出来てると思う」


「そうかい……すまないねピースすべて押し付けてしまって」


「いいよ、みんなは他にやることがあるんだし」


 このところのゴブリンの増加にみんな頭を悩ませていた。周囲をすこしづつさぐっていたけど、ちょっと急がないとダメだろう。

 水を村において今日も探索に出ることを伝えると、大人たちは皆申し訳なさそうな顔をする。この村の人は皆いい人なんだけどいい人過ぎて外からくる商人とかに良いようにされてしまうので、昔から外との折衝も俺がやる事になっていた。


「そのかわり夜はうまいもん食べたいから、よろしくね」


「ああ、ご馳走作って待ってるよ!」


 俺は村を出て水場との間にある森へと向かう。ゴブリンが繁殖場所を作るとすれば、残すはここしかない……一番面倒だから最後にしていたけど、仕方がない。


 眼の前に広がる鬱蒼とした森に俺は入っていく……


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