第39話 ただいま

『ああ、姉さん、さようなら。

もっと、一緒にお菓子食べたかったなぁ』



私の頭の中から、力の塊が溢れ出てくるような感覚。力強く、重い。そうか、貴方がアノン。


私はアノンと入れ替わるように、意識ごと自分の体内に飲み込まれていく。その時、私の意識とすれ違いざまに声が響いた。



アノン『亜音、ごめんなさい。私はもう狂ってしまった。この後みんなを傷付けてしまうかも知れない。でも、きっと姉さんたちは大丈夫。魔力暴走が収まれば、私は消えるわ。そうしたら、みんなの……姉さんのところに』


亜音『待って!どういう事なの!?』



***



私は確かにアノンに体を引き渡した。だが、最後の言葉は?それにここは?


徐々に意識と身体が一体化していく感覚。身体の奥に沈んだはずの意識が覚醒していく。



薄っすらと目を開ける。誰もいない深淵の空間。ここは……アザトスの禁域?


亜音「…………って、どうすんのよ」

こんな虚無の空間で、私はどうすれば……


亜音「姉さーーーーん」


大声で呼んでみたが反響さえない。静か過ぎて耳が痛くなってきた。平衡感覚も失われてまともに立つことも出来ない。縮こまり、身体を丸める。


亜音「姉さん、助けてよ……」



***



ロイズ「様子がおかしいわ。あれって、私達が知ってる亜音じゃない?」



私達はアノンの攻撃を避けて、何とかアザトスの禁域を脱出してきた。今、現実世界の亜音の家のリビングで、ロイズが持ってきた端末を繋げてテレビ画面を見入っている。

彼女は、距離や時間、空間など関係なく、常に同期した映像を見られるカメラを、アザトスの禁域に仕掛けてきたらしい。



先輩「やっぱロイズはメカの天才だね。どうやれば魔術無しでそんな物が作れるのか…」


ロイズ「ま、仕事ですからね。って、そんな事よりも亜音亜音!」



先輩は舌を出し、申し訳なさそうに話しだした。



先輩「どうやらまあ、アノンと亜音の存在を逆に捉えていたみたい。テヘペロ」


久音「っていうと、亜音さんがアノンの夢だったんじゃなくて、アノンの方が夢だった、って事なんですか?」


先輩「って事みたいだねぇ。じゃあ、無事にインペラトールの起爆の魔術式を消失した亜音を、連れ戻しに行こっか」


カトレア「え?だって、アザトスの禁域は二度と行けないんじゃ……」



先輩が私を見る。


先輩「“後輩”、何か策があるんでしょ?でなきゃあそこから、亜音を置いて“脱出しよう”なんて言わないよね〜」


久音「はい、あそこには亜音さんの家の完全なコピーがありますから」



私はリビングから、2階の亜音の部屋に上がる。

部屋の端にある段ボール。出会ったばかりの頃、私が射撃用に亜空間化した物。全く同じものであれば、きっとあそこに繋がっているはず。



ジル「久音さん。これを持っていってください」

小さなモニター付きの端末を渡された。


久音「これは……」


ジル「受信機です。そして、発信機は亜音さんの胸ポケットのボールペンです。向こうですぐに見つけられますよ」



***



先輩「亜音、おかえり〜。なんか色々勘違いしちゃっててごめんね♪」



先輩さん、軽く言ってくれるよなぁ。

そして親友が近づいてきて肩に手を回してきた。


マナ「家族が全滅しても、すんなり受け入れてドライに流す、そんなヒトデナシが本当の亜音の姿だったんすね〜。納得だわ〜」


取り敢えずマナにデコピンをかましてやった。

マナのやつ、目を真っ赤に腫らしているくせに。



亜音「私の夢のアノン……そう言えば……」

先輩「なにか、思い当たる節がある?」



***



あの時、私は二度気絶した。


一度目は、家族の亡骸を見た時。


その後に目覚めて、姉さんに状況を説明されて、わりとすんなり受け入れちゃって…… こんな冷たい私、嫌だなぁって思って、そしたらまた気絶して……



先輩「なるほど。そこで、“家族思いで、状況を把握できずに塞ぎ込んでしまったアノン”が出来たんだ。そっちの方が、亜音の理想像の夢だったってわけね」


亜音「私って、最低なヤツだったのか……」



姉さんが抱きついてきた。


久音「そうですよぉ!亜音さんは、いつだってイジワルで、心配ばっかりかけて、生意気で、そんな最低なヤツなんですよぉ〜」



泣きながら酷いことを言う。


久音「でも、それでこそ亜音さんなんです〜。イジイジしているアノンさんなんて、亜音さんじゃありませんよぉ〜」



ああ、でも、そっか、なんか分かった。アノンも、私なんだ。哀しみを全て背負ってくれた、そんなもう1人の私……


亜音「私、家族が死んだ事に対して、一度も泣いていない……これ、全部アノンが持っていってくれたんだ」



***



ロイズ「後は、世界情勢の事よねぇ」


先輩「ロシアからの第一波を発端に、他の核保有国が報復攻撃をしないとも限らない。まあ、それを止めるのもアタシ達の仕事だよ」



姉さんが、繋いでいた私の手を強く握った。


久音「大丈夫。きっと、大丈夫ですよ」



私も同じようにぎゅっと手を握り返した。


亜音「姉さんがそう言うなら、大丈夫でしょ。なんたって正義の味方なんだからさ」


姉さんが私の顔を見る。お互い見つめ合う。



亜音「みんなの力もあるんだけどさ、元々は姉さんが私を救ってくれなかったら、そもそもこのエンディングは迎えられなかったでしょ?やっぱ、すごいよ」


姉さんは顔をほんのり赤くして俯いて、上目遣いに私を見た。


久音「でも、亜音さんのパワフルさが無かったら、きっとここまで来れませんでしたよ」



私は笑顔で返す。


亜音「じゃあ、私達2人で掴み取ったハッピーエンドって事よね!」



ロイズ「ま、確かに2人は最高のコンビだわ」


ユーレカ「そうね。すごくお似合い」



私と姉さんの長い旅はいったん終わった。ほっと胸を撫で下ろす。


眠い。身体にかかった亜空間の負荷のせいもあるのか、瞼が重くて開けていられない。


姉さんの肩に寄りかかり、そのまま私は眠りに落ちていく。そっと姉さんが頭を撫でてくれるのが分かった。



『お帰りなさい』と姉さんの声が聞こえた。


うん、ただいま。



ーー完ーー

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ミリオタJKとポンコツスナイパー 〜クラウディアス教団編〜 アルミ@(あるみあっと) @arumi-at

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