第38話 さようなら
姉さん、初めて会ったときに、イラついてる私をなだめようとしてくれたよね。
あの時、殴っちゃってごめんね。
クリスマス、マナも一緒に買い物して楽しかったよね。ごめんね、私、馬鹿だからさ、楽しかったとしか言えないや。
もちろん、楽しいことばっかりじゃなかったし、危ない目にもたくさん遭ってきた。ただ、姉さんと一緒にいると、それだけでなんだか安心したんだ。何が起こっても、きっと2人なら何とかなるって。
面白くって、忙しくって、危なっかしくて。
でも、最後はいつだって2人で笑ってさ。
こういう温かさを、きっとアノンも望んでいると思う。
何となくだけど、アノンだって姉さんに最期を看取ってもらいたいって思っている気がする。
姉さん、もう会えなくなっちゃうけど、時々でいいから思い出してくれると嬉しいな。
私は姉さんの事、本当に好きで、大好きで、絶対に忘れることなんて出来ないよ。
短い間だったけど、ありがとうね。
さようなら。姉さん。
***
先輩「じゃあ取り敢えずアノンを引き摺り出してみよっか♪」
亜音「うぐぐぐ…早く、お願いします」
今、私はユーレカによる緊縛の魔術で、和室の畳の上で、全身を締め付けられている。
みんなで相談した上で、やはりまずはアノンの持っている“鍵”となる魔術式を確認する事にしたのだ。
先輩「無理やり人格を引き摺り出すから、鼻から脳みそを取り出すくらい痛いと思うよん」
亜音「そういうの、いいから!黙ってやっちゃって下さい!」
先輩さんは両手のひらを私の顔にかざした。
ポウッと、オレンジ色の温かな光が灯る。
そして、その光が広がっていく。姉さんは、私の手を握ってくれている。ああ、意識が……
***
久音「亜音さん!」
目の前にいた亜音の雰囲気が一気に変わった。目が暗く淀み、完全に生気を失っている。緊縛の魔術であれほど苦しんでいたのに、今は何も感じていないようだ。
先輩「よし、アノンだ。“鍵”の魔術式も持っている」
久音「先輩、確認できたなら早く亜音さんに帰ってきて貰いましょうよぉ。なんだかこのアノンさん、怖いですぅ」
先輩「ごめん、“後輩”。取り敢えず魔術式を確認するって言ったけど、あれ、嘘なんだ。亜音は夢だって言ったでしょ?だから、一度夢から覚めたら……」
久音「え…」
うそ……そんな……
私はその場でへたり込んでしまった。亜音に、まともにさよならも言っていなかったのに。
先輩「こう言っておかないと、キミは絶対に亜音を手放さなかっただろうから……恨まれる事は分かってた。でもアタシにはクィンシーとしての義務があったから」
涙で先輩の顔が滲む。先輩だってツラそうな顔をしている。優しい人だから、自分を悪者にして世界を救ったんだ……
滲む視界の中で、おかしな影が見えた。アノンが、立ち上がっている。糸が切れた操り人形のように、両手をダラリと下げて。上を向いた顔からは血の涙を流している。
久音「え?アノン…さん?」
ユーレカ「私の全力の緊縛の魔術が破られた!マズイわ。魔力が暴走している!」
アノンは、上を見ていた顔をこちらへガクッと傾けた。そして虚ろな目で……
アノン「……みんな、死んじゃえ」
***
先輩「うぐぐぅ……ダメだ、これ。アタシ如きが抑えられるレベルじゃないや」
暴走を始めたアノンから、様々な魔力、呪力、霊力、念力がごちゃ混ぜになって私達に襲いかかってきた。辺りはまるで、ハリケーンの渦中のように荒れ狂っている。
先輩「そりゃあ、このくらいの力が無ければ15ペタトンの魔力爆弾の起動なんて出来ないよねぇ。なっとく♪」
ロイズ「いや、納得してないで、何とかしてくださいよ!」
先輩を先頭に、みんなで持ちうる魔力を使って結界を張り続ける。魔術が使えないロイズは、取り敢えず先輩の背中を支えている。
カトレア「取り敢えず、アノンさんをここに置いて、私たちだけ避難出来ないんですか?」
先輩「この“アザトスの禁域”は1回こっきりの亜空間なんだよ。だから、アノンを置いて出たら、もう二度とここに戻れる保証は無いよ」
亜空間……
先輩「あ、やば」
結界にヒビが入る。もう保たない。
久音「しょうがないです!アノンさんは諦めて脱出しましょう!このままでは全滅です!」
私は意を決して言った。
先輩「キミが言うなら。ま、考えてる時間は無いね。行くよ!」
みんな、無言で頷いた。
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