第37話 秘められた真実
先輩「亜音、自覚していないみたいだけど、キミはすごい魔力量を秘めているんだよ……と、言うか、秘めているもう一つの人格があるんだよ」
クィンシー達の、誰も行けないアジトである“アザトスの禁域”という空間に、みんな集まっている。ここに来るには先輩さんの力が必要らしい。
一見、普通の一軒家…なのだが、それが異常なのだ。完全に私の家。だが、窓の外にはグニャグニャと常に歪み続ける変な空間。まるでドラえも◯のタイムマシーンの通路だ。姉さんの話だと、私の記憶の中の居住空間をコピーして、“アザトスの禁域”に再現したらしい。
亜音「もう一つの人格がどうとか、正直言いますと全然分からないんですけど…」
先輩さんは、天井を見上げてしばし考える。
先輩「キミさ。前にパパとママと弟が殺さちゃったでしょ?」
……ああ、もう1年以上経つかな…
亜音「はい、それが?」
先輩さんは、フッと悪戯な笑みを浮かべる。
先輩「その反応が答えだよ。今のキミは可怪しい。家族が殺され、遺体を目の当たりにした人間の反応じゃないよ」
先輩さんは続ける。
先輩「元々キミは体内に強力な魔術回路を持っている。それを媒介にして“鍵”としての魔術式を使って、インペラトールを起動出来るんだ」
亜音「え、でも私には全く魔術の才能が無いって、前に姉さんが……」
先輩「才能があるかどうかと、魔力があるかどうかは別だよ。本当のキミであるもう1人の人格は、ちゃんと“鍵”の魔術式を使う才能もあるはずなんだよ」
妙な言い方だな。“本当の私”って。別人格があるってだけで、どっちも本物だろう。
ちょっと頭の中を整理していると、ジルがお茶を淹れてきてくれた。取り敢えずみんなでお茶を飲む。緑茶はホッコリするなぁ。
あ、あれ? 急に意識が……
遠のく意識の中で、ニッコリ笑う先輩さんが映った。
先輩「亜音。ちょっとキミ抜きで相談したい事があってさ。一旦寝ていてね」
***
先輩「単刀直入に言うと、亜音には消えてもらいたいんだよね」
倒れた亜音をリビングの隣の和室に寝かせたあと、先輩からこの後の作戦を伝えられた。
久音「ちょっと待ってください!何を言っているんですか!そんなのダメですよぉ!」
マナ「そもそもその“鍵”って、本当に亜音が持ってるんすか?それに、もしそうだったとしても、同じ様な魔術式を持った魔術士は、他にはいないんすか?」
先輩「まあ、魔力量の異常さから言って間違いはないよ。それに、これからもきっと“鍵”は世界の何処かで生まれてくるだろうね。人工的に、強化魔術士を作っちゃうとか」
そう言うと、先輩の目から光が消え、顔から一切の感情が消えた。クィンシーの目だ。
先輩「そしたら次の“鍵”を殺す。元々我々クィンシーは、世界に害をなす魔術士を殺す事が目的だから」
先輩はこう言ってるけど、亜音は死なせない。死なせずに救う方法はきっとある。“鍵”として機能するもう1人の亜音を消してしまうとか。
先輩「“後輩”はすでに色々考えてるみたいだね。亜音の中のもうひとつの人格、ここでは暫定的に“アノン”としておこっか。
事前に、緊縛の魔術で亜音の自由を奪っておき、アタシが無理やりアノンを引っ張り出して、人格のみを破壊する」
久音「それです!そうすれば人格は今の亜音さんだけになって、しかも“鍵”も機能しないじゃないですかぁ。なぁんだ。流石は先輩ですねぇ」
先輩はため息混じりに言った。
先輩「そんな簡単な話なら、わざわざ亜音に眠ってもらっていないよ。さっきも言ったよ。“本当の亜音”が、アノンだって」
マナ「どういう事っすか?今の亜音も、家族がいなくなる前からキャラ変わってないし、理解が追いつかないっすよ」
先輩「じゃあキミが知っている亜音は、家族全員が殺されてもケロッとしているような、そんな薄情な人間だった?
正常な人間なら、発狂したり塞ぎ込んでしまうと思うんだけど」
久音「先輩…結局アノンって何なんでしょうか?全然分からないです」
先輩「推測だけど、アノンは絶望に落ちた亜音の成れの果て。だから、そっちが本当の亜音。
じゃあ今の亜音とはいったい何者か?
彼女は、恐らくはアノンが見ている夢。家族が殺され、それでも強く居続けられた理想の人格が、魔力によって具現化されたものだと思う」
久音「それじゃ、アノンを消すと言うことは…」
先輩「亜音も消える」
久音「アノンを消さないと言うことは…」
先輩「クィンシーにその選択肢は無い」
***
先輩「“後輩”やみんなは、今一緒にいる亜音を救いたいと思っているんだよね?」
みんな真剣な顔で頷く。
久音「この領域に閉じ込めておくのはどうでしょう?」
先輩「でも、爆弾の信管をそのままにしておくっていう事になるよ。それに、そんな隔離された生活、亜音は幸せかなぁ」
その場にいる全員が黙ってしまう。
そして永い沈黙を破るように和室の襖が開いた。
***
亜音「いいよ、私。回りくどい事はしないで、私の頭をぶち抜いちゃってよ。どうせ私は幻みたいなものなんだし。こんなところに一生いるのも嫌だし」
そうだよ。それで全部綺麗に収まるならば。
マナ「亜音……」
姉さんが、目に涙を溜めながら、真剣な面持ちで近づいてきた。そして……
ゴツン!!
亜音「ちょっと!グーで殴らないでよ!」
久音「殴ります!姉として!そんな事を言う妹は、悪い妹ですから!」
そして、私を抱きしめて泣き出した。
久音「絶対、絶対に亜音さんを離しません!」
亜音「でも、それじゃあ……」
久音「きっと、他に何か方法があるはずです!」
亜音「だから、無いんだって……」
久音「あるんだもん!見つけてないだけだもん!絶対に、なんとかなるもん!」
子供のように泣きじゃくる姉さん。
先輩「まあ、推測ばっかりな所があるから、本当に方法がそれしか無いとは言わないよ。もう少し考えてみよう……」
抱きついていた姉さんの手を、そっと解く。
亜音「姉さん。まあ、しょうがないって。私との事は夢だったと思って……って、本当に夢だったわ!」
1人で笑ってみせる。姉さんは涙目でじっと私を見たままだ。
亜音「……こんな時くらい、笑ってよ」
しょうがないんだ。家族を失って塞ぎ込んでしまった、本当の私の夢。楽しかったよなぁ。
亜音「マナも、みんなも、本当に楽しかったです。ありがとうね」
みんなに向ってお辞儀をする。
そして、真顔で姉さんをもう一度見る。
亜音「姉さん。アノンのトドメ、姉さんがやってくれないかな?
酷いお願いだって分かってるけど、最後の時は、誰よりも、姉さんの一番近くで迎えたい。だから……」
ダメだ。涙が溢れてきちゃう。
亜音「だ……だから、ねえさん……お、お願いだから……ふっ、ぐすっ……」
久音「諦めちゃ、だめですぅ…………」
亜音「……やだ……やだよぅ…………ねえさんと、ずっと一緒にいたいよぉ…………」
姉さんが私を抱きしめる。
頭を撫でてくれている。安心する。離れたくないよぉ。
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