第31話 それぞれの道

久音「ハァ……」



亜音さんが寝ているアジトを出て、ちょっと小高くなった丘の上、そこにあった岩場に腰掛けた。


私がもっと気を配っていれば、亜音さんにあんな大怪我をさせることもなかった。

昔、私が先輩に命を救ってもらった時、先輩は死に物狂いで囮になって私を逃してくれた。それに比べて私は……


先に敵の見張りを見つけて、撃つなりこっちに注意を向けるなりすれば、きっと亜音さんは撃たれることは無かった。私は姉として失格だ。



久音「私は自分の事を守るのに精一杯だなぁ。誰かを守るなんて出来る器じゃないのかなぁ」


風に舞う木の葉を見ながら、1人で呟く。



「何があったのかまだ聞いていないのだけれど、みんなそんなものだと思うわ」

ふと後ろから声を掛けられた。振り向くとユーレカさんが空を見上げて立っていた。



***



ユーレカは、元々貴族の令嬢だった。

それが、幼くして魔術を身につけてしまったことが原因で、忌み嫌われ、悪魔の子供として地下に閉じ込められてしまったという。それも実の両親に。


やがて、彼女の両親は裏の世界の利権に手を出した事で命を狙われる羽目になり、最終的にはクィンシーへの暗殺依頼の末、ロイズの手に掛けられることになった。

その時、屋敷の地下から偶然救われたのだ。


身寄りの無くなった彼女は、そのままロイズと行動を共にするようになり、自然と友情が芽生えていき、それが愛情に変わっていった。

ロイズも同様に、初めは彼女の魔術で仕事の手伝いをしてもらおうとだけ考えていたのだが、献身的な態度を取るユーレカに、徐々に惹かれていったという。



***



ユーレカ「こうして、貴方と2人きりで話すのは始めてかもしれないわね」


久音「そう言われると、そうかもしれません」


ユーレカ「元々、クィンシーは世間の闇に紛れて生きてきたのだから、私のようにパートナーがいる方が珍しいのだけれど…」


久音「私、妹を守り切ることが出来なかったんです。一命は取り留めたのですが、重傷で……たぶん私1人だったら今頃は、もう……」



ユーレカは遠くを見て暫く黙っていた。

そして、隣に座った。こちらを見て少しだけ微笑んだ。


ユーレカ「でも、今は生きているわ。妹と言っても、決して貴方の所有物ではないのよ。貴方がいなくても、亜音は成長していく。そして久音、貴方もね。例え……それが命にかかわる、危険な経験を積むことだったとしても」


亜音さんを、護衛対象として見ていたのが逆に悪かったのかな?でも、真実に近付けるのは…


本当に、家族として思いやる心があるなら、ユーレカさんの言う通り、何から何まで守っていては駄目なのかも知れない……



ユーレカ「一度距離をおいて、亜音1人にいろいろ経験させてみるというのも、1つの選択肢だと思うわ。彼女、未だに自分の事をミリタリー好きの普通の女の子だと思っているんでしょう?」


ユーレカさんも、魔術士なんだから気がついているよなぁ。亜音さんが持っている力。

だからこそ、このまま私達と行動を共にしていたら、本当にどうなってしまうか分からない。


久音「ユーレカさん。ありがとうございます。私は、私が正しいと思うやり方で進もうと思います。」



***



久音姉さんが帰ってきた。

なんか真剣な顔だ。深呼吸してから……


久音「亜音さん。貴方は足手まといです。一緒にいたら私達の任務にも支障が出て困ります。なので、すぐにでも日本に帰ってください!今すぐに!」


は?


久音「ごめんなさぁい!ウソですぅ!そんな事、思ってるわけ無いじゃないですかぁ〜!」


は?


ユーレカ「ふふ、本当に不器用ねぇ。心を鬼にして、亜音を安全なところに帰そうと思ったけど、すぐに心が折れてしまったのね」


呆れ顔でロイズが続ける。


ロイズ「心が折れるの、早すぎでしょ。まあ、ちょっと2人きりで話をしておきなさい」



***



ロイズ「亜音も久音も、大丈夫かな」


ユーレカ「何とも言えないわね。幸い、亜音はまだ魔術を使った事がないから、教団に感知されている事は無いし、ただの間宮家の人間だとしか思われていないと思うわ」


ロイズ「あのね。この前の戦闘で銃弾を受けたとき、本当は彼女即死だったの。心臓のど真ん中を撃ち抜かれていたわ」


ユーレカ「……」


ロイズ「治療の準備を久音にやってもらってる間に胸を診たの。心臓は既にほぼ再生されて少しずつ動いていたわ。あんなの、とんでもないチートよ」


ユーレカ「やっぱり、彼女は……」


ロイズ「ここまで来たら、見て見ぬふりも限界だと思うわ。もう教団にも先輩にも、そしてインペラトールにも、近づき過ぎている」



***



亜音「別行動かぁ」


久音「日本に帰って、普通の生活に…」


亜音「でも、また絶対に迎えに来てよね。でなければ、私がクィンシーになってでも姉さんに会いに行くから」


久音「まあ、はい……」

いつもの姉さんの癖だ。口に手を当てて困り顔。


亜音「このままでも楽しいけど、もっと苦しくてツラい経験も積まないと、到底姉さん達に追いつけやしない。同じレベルとまでは行かなくても、出来るだけ近い高さに立って同じものを見て話がしたい。そうすれば、もっともっと姉さんと楽しく話が出来る気がするの」


久音「亜音さん……」



亜音「それにしても、姉さんと別行動かぁ……」

また繰り返してしまう。


久音「不安、ですか?」

亜音「そりゃそうに決まってるじゃない。

今まで単独行動がなかった訳じゃないけど、帰るところがあるってだけで安心して動けたもの」


姉さんがふわっとした笑顔を浮かべる。


久音「大丈夫。大丈夫ですから。こっちの事が全て終わったら、必ず迎えに行きます」

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