第27話 最強コンビ
亜音「北欧って言う割に、意外と雪が積もってないのね」
久音「第2次冷戦の後遺症ですね」
地面がえぐれ、赤土や岩盤がそこら中に剥き出しになっている。これが全部、人間がやった実験の痕跡なのか。
亜音「ここ、火星って言われても信じるわ……」
久音「一般的な戦術核と違って、地中奥深くまで届くα線の強化実験が行われていたらしいです…
きっと、もう植物が生えることは無いと思います」
日本でもニュースでそこそこ情報は入っていた。だが、遠い国の、一生行くことの無い世界の話だと思い込んでいた。
久音「あ、この先が国境みたいです。検問があります。一度車を停めて下さい」
単眼鏡を覗きながら、姉さんが制止を促した。
久音「雰囲気的に、正規の軍じゃないみたいです。たぶん、まともな話は通じないでしょう。でも好都合です。この程度の検問で入国出来るなら」
単眼鏡を渡されたので確認してみた。ああ、傭兵というか、ゴロツキの寄せ集めと言った感じの連中だ。勝手に検問を作って、通行料を巻き上げている気がする。
なんだか世紀末だなぁ。
亜音「どうする?別のルートを探す?」
久音「いえ、恐らく車が通れる所は似たりよったりの状況だと思います。あの、この車ってドアウィンドウって開きますか?」
亜音「ビス止めだから、取り外すことは簡単にできるけど……どうして?」
久音「狙撃しながら走り抜けましょう」
姉さんは一旦外に出て、アクリル製のウィンドウを外し始めた。
亜音「道、凸凹だし、障害物を避けながらだから、走りながら狙撃ってのはちょい厳しいんじゃない?」
姉さんはキリッとした目を向け、口元だけ笑って言う。
久音「信じて下さい。私も亜音さんの運転を信じますから」
***
姉さんに、私の持ってきたAKSを渡す。
サイドプレートにアタッチメントを取り付け、小型の4倍スコープを取り付けた。
亜音「ゼロインとか、大丈夫?」
姉さんはニッコリと、「初めの1発は外しちゃうかも知れませんけど」と笑った。
久音「まず私がここから数人片付けます。相手がバラけたら合図を出すのでそのまま全速力で突破して下さい。スピードも、ハンドル操作も、私のことは気にしないでどんどん行っちゃって下さいね」
亜音「了解。信じるわ」
目を合わせ、2人とも無言で頷いた。
姉さんは助手席の窓枠にハコ乗りになり、銃を構えた。
『タン、タタン、タタン、タタン……』
姉さんが手動バーストで先制攻撃した。
暫く続けると……
久音「こっちに気が付いたようです!なるべく頭を低くして全速力で突破して下さい」
亜音「りょーかいっ!」
アクセルを踏み込んで後輪を振りながら発進する。障害物を避けて左右にステアリングを切り、瓦礫を踏み付けては車体が飛び跳ねる。
その間も姉さんの放つ小気味よいバーストショットの銃声が響く。ちらっと見ると下半身は車内で固定されているが、上半身はまるでニワトリの首のようにほぼ一定の位置を維持している。これが、本気の姉さんか……
検問のゲートはもう目と鼻の先だ。
思った通り、警察で使われる折りたたみ式のスパイクが敷いてある。門は踏切の棒を取って付けただけのものだ。
スルッと姉さんが車内に滑り込んだ。
久音「ゲートより手前の敵は全て片付けました。後はゲートを抜けて全速で逃げて下さい」
亜音「あいよ。じゃあちょっと飛ぶね」
久音「はい……はい?」
ゲート前のスパイクに向かって一気に加速する。元々がきちんとしたアスファルト路だったのだろう。手前200m程はキレイな舗装状態が保たれていた。R390をどんどん加速させる。
亜音「姉さん、問題。ダウンフォースってのが下に押し付ける力って話したよね。それが一気に弱まるとどうなる?」
姉さん、また指を曲げてる…… それはフレミングさんのヤツだっつーの。
亜音「……こうなるのよ!!」
フロントスプリッターの角度と、リアウィングの角度をリモートでゼロ位置に傾けた。それと同時にわずかに車体が跳ね、そのまま宙に浮いた状態でスパイクを飛び越えゲートに突っ込む。
ゲートに使われていた棒切は、簡単に折れて砕け散った。ロイズさん、こんな時の為の強度計算もやって作ったのかな。
ゲートを越えてもなお車体は飛び続けている。ウィング位置を戻すとすぐにまた車体が路面に吸い付いた。
久音「空、飛んじゃいましたね。わけがわからないんですけど……」
亜音「一気にダウンフォースを弱めたから、反動で車体が跳ねたのよ。で、スピードがかなり出てたから慣性でそのまま飛行したのよね」
私も、ここまで上手くいくとは思わなかったわ。
久音「トンネルの天井を走ったり、空を飛んだり、この車ひょっとして……」
亜音「いや、ボンドさんのやつじゃないわよ」
すでにゲートを抜ける時点で時速200キロ以上出ていた。遥か後方で銃声が聞こえるが、気にせずそのまま走り続ける。
しばらく行くとまた人影の無い荒野の風景になってきた。恐らくゲートから10キロは離れただろう。道路から外れてちょうど身を隠せる岩壁を見つけたので、そこに車を移動させ停車する。
外したウィンドウをもとに戻して、外観のチェックをしておく。あれだけの銃撃と障害物をくぐり抜けてきたが、致命的な故障や部品の欠損は見当たらない。
久音「ロイズさんのメカいじりは究極ですから」
AKSのマガジンを外し、残弾をチェックしながら姉さんが言った。
亜音「ホント、最強ね。どうすればあの走り方でビス1つ落ちないのよ……」
フロントバンパー下を覗き込む。オイル漏れも冷却水漏れも無い。
久音「魔術が使えなくてもクィンシーとして認められるために、魔術でしか出来ないようなことを物理的にこなしてしまうのが、ロイズさんなんです」
AKSのバレルを見て、ブラシでクリーニングしながら言った。
亜音「ところで、どう?久々なんじゃないの?アサルトとは言えオートのライフルなんてさ」
久音「うっかりボルトをコッキングしちゃいそうになりますね……」
笑顔で言う姉さん。
亜音「あー、分かる。外車に乗った時にウィンカーじゃなくてワイパーやっちゃうやつ」
久音「ポテチで、うすしお味だと思って食べたらハニーバター味で、脳が一瞬混乱したり」
他愛もないいつもの会話。変わらないな、東京でもロシアでも。
私にとって、姉さんは本当の家族だ。先輩さんとか、インペラトールの件が全部終わったとき、私たちの関係はどうなるんだろう……
姉さんが私の顔を覗き込んでくる。
久音「難しい顔してますね。どうかしましたか?」
不安を必死に隠す。
亜音「いや、このあとのルートはどうしよっかなーってさ」
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