第26話 北欧にて
亜音「もうすぐデンマークね……」
途中、所々で戦闘の痕跡。ロンドンもそうだったが、急激に世界平和の均衡が崩れていくのを、肌で感じる。
ポーランド経由ではロシアに入れない。
それは、クィンシーのネットワークからの情報で分かった。デンマークからフィンランドへ、そして海を渡り北からロシアを目指す。
***
久音「この車で抜けられますかねぇ」
北欧に渡る橋にはバリケードが張られているとのことだが……
久音「見た感じでは、車1台通るスペースはありますけど、道が荒れているのと所々に武装集団がいるみたいですよ」
亜音「例えばさ、貨物用の線路とか無い?」
久音「あるとは思いますけど、さすがに無理じゃないですか?」
亜音「私の車ね、時速300km以上出せばダウンフォースの方が車重よりも高くなるの。どういうことだか分かる?」
久音「?」
亜音「じゃあ、ぶっつけ本番で行ってみますか」
久音「え〜、説明無しですかぁ?」
***
貨物輸送エリアに来た。そこら中に貨物列車が並んでいる。線路の先、地下に潜るトンネルの下見をしてみる。一般的な円形だな。動力もレールからの直接通電だからパンタグラフは無いし、これなら行けそうだ。
亜音「さ、姉さん、車に乗って」
貨物列車の合間を隠れるようにトンネル入口まで行き、そのままゆっくりと線路と壁面の間に車を進める。
久音「……何をするか分からないんですが、イヤな予感しかしないんですが」
私も緊張する、が、ラインロックシステムと、車体左右の傾斜角計までわざわざ付けたロイズの意図を汲み取り、信じてみよう。
亜音「姉さん、5点式ハーネス付けておいて」
ラインロックスイッチを入れて、ブレーキを踏み込む。
亜音「行くわよ、姉さん。しゃべらないでね、舌噛むわよ」
アクセルを一気に煽る。後輪のみスピンして盛大な白煙とスキール音が上がった。タイヤ温度計も160℃のゲージをオーバーシュートしている。十分だろう。一度アクセルを戻しラインロックを解除する。
亜音「こっからだからね。私を信じて」
姉さんが無言でコクコク頷く。
ステアリングを握る手が汗ばんで、アルカンターラ生地に吸い込まれていく。腕時計に目をやる。0-300km加速が7秒。その7秒間で成功させなくてはならない。
深呼吸………… よし!
アクセルペダルを踏み込んだ。溶けた後輪がしっかりと地面に食い付き、滑ること無くボディを押し進める。
勢いで前輪が浮き上がりウィリー状態になる。ここまで狙い通り。これを時速200kmまで維持、壁面に前輪を乗せるのだ。
大丈夫、十分ウィリーを保つ加速度は維持できている。スピードメーター……220km超えた。後輪左右の車高を微調整して、浮き上がった前輪を壁面に付けた。
前輪のモーターを最大出力に。今度は前にボディが引っ張られる。そのまま壁面側の前後2輪は壁を走り、車体は30度ほどの角度になった。ダウンフォースは十分だ、壁に向かってどんどんステアリングを切る。
その時、遥か前方に灯りが見えた。出口?いや、貨物列車が来てしまったのだ。
亜音「行っけぇぇぇ!!」
ステアリングを壁側に思いきりきって、車体が90度になる。ダウンフォースで完全に車体は壁面に貼り付いている。貨物列車が警笛を鳴らしている。
久音「ぶつかっちゃいますよぉ!」
亜音「ぶつからない!!」
ステアリングを切り続け、とうとう車体は天井にまで上った。完全に上下逆さまの状態だ。直後、貨物列車とすれ違う。列車の天井とR390のルーフがスレスレの間隔で通り過ぎた。
亜音「狙い通り!どうよ、姉さん!」
久音「死ぬかと思いましたよぉ」
私もだよ。
久音「いつまでこの逆さま状態は続くんですかぁ?頭に血が昇ってクラクラしてきました」
亜音「今、時速400kmだから、あと10分くらいかしらね……」
久音「……それと、亜音さん、完全にスカートがめくれて下着が丸見えですぅ」
亜音「気にしないわ。減るもんじゃないし」
そしてその後、さらに2回貨物列車とすれ違ってトンネルを抜けきった。
***
亜音「来たぜスウェーデン!私は殺しても死なねーんだよ!!」
抜けてきたトンネルに向けて人差指を立てた。アドレナリンがビンビンに吹き出ている。脳に血が上りすぎたせいもあるのかも知れない。
久音「うーん、なんで車が天井に貼り付いたんでしょう?」
姉さん、意外と冷静だな。
亜音「飛行機と逆の原理よ。飛行機の翼は胴体を持ち上げる力が働くけど、このR390は車体を下方向に押し付ける力が働くの」
姉さんが親指と人差指と中指を90°に曲げて、うーん、うーんと悩んでいる。それはフレミングの法則で、全然関係無いんだけどな……
亜音「まあいいや、じゃあ行きますか。次の問題は海ね」
久音「この車、水陸両用なんですか!?」
目をキラキラと輝かせて私を見る姉さん。
亜音「空も飛べるわよ」
久音「ええっ!!」
亜音「そのまま宇宙空間も余裕よ」
久音「えええっ!!!」
***
姉さんがブーブー言いながら、フェリーの柵から海を見ている。このままフィンランドに渡ったらロシアはもう目と鼻の先だ。
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