第20話 この空気、無理だって…

ついにアルプス山脈を越えて東ヨーロッパへ。


目的の国、ブルガリアに入った。やっぱりヨーグルト食べてみたいよね〜



隠れ家に近づいたらカトレアに連絡しよう。それにしても山だらけののどかな国なんだな。だからこそ匿うのに丁度いいのか。元教祖様って言っていたが、どんな人だろう。


亜音『ミヤコ様のイメージが強すぎなのよね…』



山岳路をしばらく走る。もうすぐ日が暮れそうだ。F15とのバトルで遅れをとったのが響いた。何とか今日中には着きたいのだが……


地図とスマホを見比べる。あと100kmも走れば到着するだろう。



***



指定された隠れ家についた時には、既に辺りはすっかり暗くなってしまっていた。


亜音「もしもーし、カトレアさんですか?亜音です。一応ロイズさんに言われた地図の場所に着いたんですが……」


モナステリー修道院という、かなり広い教会のような場所だ。



カトレア『はーい、お疲れ様でした。すぐに行きますね』


拍子抜けした。電話の向こうの元教祖様は、かなり幼い声だったからだ。


建物の前でしばらく待っていると、2人の女性が現れた。1人はヴェールを被った小柄な少女、もう1人は褐色の肌をした付き人のようだ。スラリとした細長の長身。アラブ女性の服みたいに口元も布で覆って、鋭い眼光だけはっきりと見える。

なんだか、ゲームで見るアサシンっぽい雰囲気だ。しかも、なぜか殺気が凄い……



まず、少女がヴェールを頭に上げ、口を開いた。


少女「あなたが亜音さんでしょうか?私がカトレアです。カティーとお呼びください。そしてこちらはジル。私の元付き人です」


ヴェールを上げた顔を見ると、かなり幼い少女。小学6年生くらいだろうか…これはまた、ずいぶんと厄介な訳ありっぽいな。


カトレア「あ、ジル、荷物を持って差し上げてください」


そうそう、ロイズにお願いされたやつだ。ジルは殺気を纏ったまま警戒しながら近づいてきた。


亜音「えっと、ジルさん?さっきから敵意が凄いんですけど……私、何かしましたっけ?」


ジル「当たり前です。貴方のような禍々しいオーラを纏った人間に、警戒心を持たないほうがおかしいです」



え〜、こわ〜、因縁つけられてるのか?


カトレア「亜音さん、すみません。ジル、亜音さんはクィンシー達とずっと一緒にいた方ですよ。匿って頂いている身なんですから、もっと敬意を持たないと……」


ジル「申し訳ございません。しかしクィンシーは暗殺者です。やはり警戒は怠らないほうが……」


カトレア「ごめんなさい、亜音さん。元々私達が所属していたクラウディアス教団に裏切られてから、ジルはずいぶん変わってしまって」


亜音「まあ、色々と訳ありのようですので、しょうがないと思います。徐々にお近づきになれるように頑張りますよ」


カティーは頭を下げてから「ではこちらへ」と、建物の中へ通してくれた。



カトレア「では、亜音さんが無事に到着されましたので、夕食にしましょう」


カティー、年齢のわりにずいぶんと気を使っているみたいだな。この子も重い過去を背負っているのだろうか。


ジルが、食事の用意をしてくれている間に、少し話をした。


亜音「あの、差し支えなければ今のカティーさんの状況を教えて貰えませんか?」


カトレア「あ、はい。いいですよ」


カティーは、別に何も気にしていないという空気で話してくれた。



***



彼女が所属していた(というか、教祖の座についていた)クラウディアス教団というのが、元々は彼女の叔母にあたる人が設立したものだということ。そして、カティーは生まれてすぐに両親を事故で亡くし、叔母に引き取られたこと。生まれつき持っていた千里眼の魔術を利用され、名ばかりの教祖に祭り上げられていたこと。

そして、昨今の裏社会の縺れから、実の叔母に命を狙われる事になってしまったこと……


亜音「…なんて言ったらいいか分からないですけど、とにかくヘビーですね…」


カトレア「そうなんです。ザ◯ギエフのスクリューハメ並みにハードでヘビーなんですよ」


肩をすぼめ、悲しい笑顔を見せる少女。

だが、私には何のことか分からない。


「だから、いつかは私が叔母様を止めないと…」と、静かに呟いて、ロイズから受け取った荷物をチェックしだした。


亜音「で、一体なんですか?それ」

カトレア「基盤ですよ」


なにやら物々しい電子基板が何枚も入っている。


コレを使って、教団にハッキングを仕掛けて倍返しとかするつもりなのか?真剣な表情で1枚1枚チェックしている。


カトレア「さすが、フランスですね。日本の文化が大事に保管されている……まさかここまで状態のいい物が残っていたとは……」



ジル「カトレア様、夕食の準備が整いました。お荷物の確認は後ほど」


カトレア「はい、ありがとうございます。では、ささやかではありますが亜音さんの歓迎ディナーとしましょう」



ロイズやユーレカ達と違う、厳かなディナーが始まった。薄暗い修道院の中、ロウソクの灯りで静かに料理を頂く…… 息苦しいな…… 盛り上げ役がいない。よし!


亜音「ではでは、質問ターイム!」


ジル「食事中はお静かに。それに、あなたに話すことは何もありません。私は敬愛させて頂くカトレア様の言葉しか信用しておりませんし、他の人間はみんな死ねばいいと思っています。

『聖女様、聖女様』と、あれほど騒ぎ立てていたのに、今では手のひらを返して反逆者扱い……本当に、カトレア様の御慈悲さえ無ければ、即座に皆殺しにしているところですのに……」


ギリギリと歯を食いしばっている。


大勢から慕われてきた聖女様が、今や味方はジル1人だけか。そりゃ、ジルの気持ちも良く分かる……でもこれ、カティーが1番気を使っているんじゃないか?

あ、スマホに着信、ロイズからだ。


いったん席を外し廊下に出る。



ロイズ『あ、長距離移動お疲れ~。そっちはどう?ジルは相変わらず荒れてる?』


亜音「……って、はじめから知っていたんですか?最悪の空気ですよ。マジでキツイです。」


ロイズ『じゃあね、今回のミッションを言うわよ。亜音はそこの空気を和ませて、ちゃんと前を向いて歩き出させる事! 人間関係はビジネスにはとっても大切。頑張んなさい!』


亜音「え〜!!マジですか……」


ロイズ『大丈夫。その為の荷物も渡したんだから、きっと仲良くなれるはずよ』



なんだそれ。


『がんばってね〜』と言ってロイズは電話を切った。意味が分からない。肩を落としながらダイニングに戻る。



カトレア「どうされました?」


亜音「いやあの……ロイズさんからの荷物を利用して、ジルさんの人間不信を解決させるように命令されまして……」


カトレア「……ふむ、なるほど。亜音さんは日本人で馴染み深いはずですし、いいかもしれませんね」


亜音「で、その基盤って、結局何なんですか?」


カトレア「アーケードゲーム筐体の基盤です!」



………は?


カトレア「それでは、ご飯も終わりましたし、付いてきて下さい!」


カティーに先導され3人で別の部屋へ。ドアを開けるとそこには…… 平成初期時代を彩った数々のビデオゲームの本体が並んでいた。

幼少期に親に縛られていた子供は、何処かでその反動が出る、と聞いた事がある……


聖女っていうくらいだもんな。ゲームなんてやった事無かっただろうし。いや、そういうレベルか!?



カトレア「今はゲームセンターと言えばクレーンゲームやメダルゲームばかりで、すっかりビデオゲームは衰退してしまいました。でも、このベロア生地のイスに座って、レバーを握り、右手を広げてボタンを押す、この独特の雰囲気は失わせては行けないのです!」


急に熱く語り始めたぞ、この聖女。

胸の前で拳を握り締め、天井を見上げている。


カトレア「そしてこの度、私はついに手に入れた!まさしくゲーセンの元祖とも言える基盤の数々。さあ、今宵はみなさんで盛り上がろうではありませんか!」



ビデオゲームかぁ。昔、ガンシューティングならやった記憶があるけど、他は全然分からないな。

ふとカティーが持ってきた基盤を見ると“ぷよぷ◯”と書かれた物があった。これは知ってるぞ。

お、HAL◯もあるじゃん。ガンコンのゲームなら楽しめそうだ。


う〜ん、ジルは無言で呆れ顔だ……



カティーは一人で次々に、基盤を入れ替えて配線を付け直している。


カトレア「準備出来ました。では、ちょっと対戦プレイの奥深さを知って貰う為に……

亜音さん、まずは日本人としての必須科目とも言える、初代ストリー◯ファイターIIで相手して下さいませんか?」



必須科目って…生まれてねーし。

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