第19話 頭文字A
ーー翌朝
亜音「熱は37.5度、順調ね。でも出発にはまだ休まないとね」
久音「すみません。ありがとうございます」
私は姉さんのオデコの手拭いを交換して、看病を続ける。
考えてみたら、私と出会ってからほとんど毎日護衛してくれていたのだ。私も自分の命は自分で守る心構えでいたけれど、姉さんがほとんどの敵を倒してくれていたから、今生きていられるんだ。
亜音「姉さん。今は仲間が助けてくれるから、リラックスして十分に休養してよ」
久音「はい、でもあまり長い事、皆さんの手を煩わせるわけにもいきませんので……」
亜音「だから!しっかり休んでくれないと私がこの先困るの!頼りは姉さんだけなんだからね」
久音「……そう言って頂けると嬉しいです。では、今はゆっくり休ませて貰いますね……」
***
ロイズ「久音の調子はどう?」
亜音「ちゃんと休むようにしっかり言い聞かせてきました。すみませんがもうしばらくご厄介になります」
ロイズ「気を使わないでいいわよ。私達クィンシーは、ある意味一心同体みたいなだもんだから。
でも亜音も暇よね……久音を休ませている間に、お使いをお願いしていい?渡したい荷物があってね。先輩の捜索は、久音が復帰するまではお預けだしね。たぶん、あの車で飛ばせば一日もかからないわ」
ロイズから手紙と地図を貰った。1人でヨーロッパを走るのか…… ま、なんとかなるかな。
ちなみに行き先はスイスを越えて東ヨーロッパ方面。憧れのステルヴィオ峠を攻める事ができる。
行き先のお相手は、2人組のチーム。
ロシアの新興宗教の元教祖様であるカトレアと、その世話人だったジルとのこと。だいぶ訳ありで、クィンシーに匿ってもらっているとの事だ。
亜音「了解です!ところでロイズさんって、車のカスタムショップとかで働いていたんですか?」
ロイズ「え?ああ、あのGT-Rの事? 一時的にだけど、サーキットの現場のトラブルでメカニックをやる事になったのが何回か、ね……仕事上仕方なく、影武者としてフォーミュラ1のドライバーをやらされた事もあったし……」
亜音「え!F1も!?ロイズさんって車がお好きなんですね」
ロイズ「……いや、興味無いわよ。仕事上、仕方なくって言ったでしょ?仕事なら、嫌でもやらなきゃならないじゃない……」
暗い顔をしてうつ向く。
凄いって伝えたかっただけなんだけどなぁ。
亜音「分かりました。では、頼まれたお使いは任せて下さい!」
***
ロイズ「じゃあ荷物はトランクに載せたから、カティーに届けてあげてね」
亜音「はいっす。了解で〜す!」
さて、じゃあ行きますかぁ!一人で攻めるのは久々だし、GT-Rじゃあ初めてだ。
意気込んでクラッチを繋いだ。ホイルスピンしないギリギリの回転が分かってきたぞ。
私は今、完全にトラ◯スポーターのジェイソ◯・ステイサムになっているぜ!
ダッシュボードにはベレッタM9のステンレスシルバーモデル。ダイヤルをプッシュしてエンジンスタート!(無いからエアコンのAUTOボタンを押してやったぜ!)
***
砂埃を上げながら勾配を降り街へ出た。
そしてそのまま地図に従って、東へ東へ。
景色はどんどん移り変わり、アルプスの山並み(たぶん)が見えてきた。
『あ〜、のどかだ〜、結構退屈だな〜』
と、スマホにロイズから着信。
ロイズ『GPSで見たらそっちにF15が行ったわ。たぶんカティーを探している追手ね。なんでバレたのか分からないけど、上手く巻いてね〜』
F15ってなんだっけ?BMWの型式かな?
瞬間、遠くから『キーーーーン』という甲高い音がしてすぐ上を戦闘機が通り過ぎていった。近いなー、と思っていたら向こうで旋回したらしく、また戻ってきた……
F15イーグルだ……って、嘘でしょ!
機銃掃射される。先に急いで車線を変えたのでギリギリのところでかわせた。
亜音「ジェット戦闘機なんて巻けるわけないじゃん!ロイズさん!やられちゃうよ!」
ロイズ『やり方を教えとくわ。大丈夫よ』
ロイズさん曰く、マッハ2で飛ぶF15から見れば車は止まった標的も同然だけど、小刻みに動かせば狙いにくいし、ロックオンも難しいらしい。
そんなん知らないわよ!
ロイズ『とにかく、真っすぐとか一方向のみに走らないことよ。出来る限りF15の軌道に対して直角に近い動きをしてね』
亜音「やれるだけやってみますけど、最終的に巻くなんて出来るんですか?」
ロイズ『一時間も逃げ切ればF15の燃料が底を尽きるわ』
一時間って……
ロイズ『根性で何とかなるわよ!』
根性って……
旋回後に通り過ぎていったF15が後ろから迫ってくる。ここはもうステルヴィオ峠の山道ど真ん中だ。逃げるったってガードレールで囲われた峠道でどうしろって言うのよ……
背後から『キーーーーーン』と言う音が聞こえてきた。前を見たら丁度180度コーナーだ。
イン側ギリギリに浅めの溝が見える。
亜音「なんだよ!マンガかよ〜!」
アクセルを踏み込む。行くしかない!
完全にオーバースピードでそのまま突っ込み、溝にフロントの内輪を落とした……そのまま車体はオーバーステア気味にコーナー内側に頭を向けて、ほぼ180度のターンをクリアした。
溝落とし、一発成功しちゃった……
すぐ後ろをF15の機銃掃射が地面のコンクリートをえぐる。
うーん、何とかなってしまった。
ロイズ『何とかなったでしょ?あとは同じ要領よ。ステルヴィオ峠に差し掛かったところでラッキーだったわね〜』
軽く言うよな〜。
攻撃の度に180度ターンでやり過ごす。でも一時間の耐久は厳しそうだ…タイヤのグリップが…
ロイズ『持たない?だったら相手の燃料タンクを狙って撃っちゃって。大丈夫。クィンシーならいけるわよ』
私、クィンシーじゃないし……
ジェット戦闘機に一発ね……
今の手持ちはベレッタだけなんだけどさぁ。まあ、もうヤケだ。やるか!
R33を急ハンドルでその場でスピン停止させる。マッハで飛ぶF15の、ロックオンから外れたのだろう。そのまま通り過ぎた。
いや待て、視界に見えるの一瞬だぞ。MAC11のフルオートならまだしも……
ふと、手元のベレッタを見る。あれ?セイフティレバーの付け根にセレクターレバー…… SEMIとFULLの刻印……まるでドルフィンじゃん。
姉さん、やりやがったね。ナイス!
迷いなくセレクターをフルに切り替えて空を見上げる。
チャンスは次の1回か……行けるのか?
サイトなんて見てられないな。運よく当たればラッキーってところだ。
『キーーーーン』と音が聞こえ出した。目に見える直前にトリガーを引こう。音速の戦闘機と弾丸の速度差とか、全くわからん。
でも、やるしかない。
微かに太陽光でキラリと機影が映ったタイミングでトリガーを引いた。
ワンマガ打ち切るのに恐らく1秒弱。その間に機影はあっという間に通り過ぎていった。
少しして、遠くから爆発音が聞こえた。
ロイズ『やったわね!見事にF15の主翼を撃ち抜いたみたいよ。さすがは久音の妹分ね!』
す…すげぇ。奇跡的に当たったのか……
私、射撃の才能あるのかなぁ……今度姉さんに狙撃を教わろうかな。
私は車に乗り込み、再度カティーの元を目指して走り出した。
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