第2話 始まりの、始まり

私の家族は、私が中学3年生のとき、全員殺された。



両親と弟。


夏が終わり、少しだけ肌寒い秋風が吹く季節になった頃だった。私が中学校から帰ってきたら、家の前に警察の規制線が張られていて、数台のパトカーと救急車。


私が警察の制止を振り切り玄関に入ると、水たまりのようになった大量の血溜り。

その奥には、簡易ベッドのような物に乗せられている3人の家族。


真っ白な顔と、真っ赤な服が対象的だった。



その後の事は覚えていない。

私は気を失い、その場で倒れたと後で聞いた。



***



目を覚ました時、心配そうな顔で覗き込む女性の顔が見えた。


深い緑色のロングコートを着込んだ、ショートカットで若草色の髪の、クィンシーと名乗る童顔の女性、歳は20歳前後だろうか。


目覚めたところは、私の家のリビングのソファーの上。


見回したが血痕も無く、警察や救急車、窓の外には野次馬たちも一切いなくなっていた。

そして家族の亡骸も。



ボンヤリとした頭で、彼女の話を聞いた。


全ては彼女の魔術によって“無かったこと”にしたと説明された。


亜音『ああ、みんな死んじゃったんだ。でも何でだろう。こんなにあっさり受け入れちゃうなんて…… 私ってこんなに薄情だったっけ……なんか、嫌な人間だなぁ』


そして、私は再び気を失った……



***



再び目冷めた時、クィンシーはまだ私の隣に正座していた。ずっと看病してくれていたのか……


私はボーッとした頭のまま起き上がり、リビングに彼女を残して、フラフラと2階の自分の部屋に上がった。


何とは無しに、エアガンのグロック18CのロングマガジンにBB弾を込め、ガスを満タンにし、フルオートで自作の段ボールの的に撃ち込んだ。


快調に、ジャムる事無く全弾撃ち切り、ホールドオープンした。


次に、壁に掛けてあったAKMで同様に1マガジンフルオートで撃ち切る。同じくMAC11、UZI‐SMGでも……



『姉ちゃん、うるせーよ!』


という、いつもの生意気な弟の声は聞こえない。そうか、本当にいなくなっちゃったのか。


ふと顔を横に向けると、クィンシーが部屋のドアを開けて立っていた。



亜音「本当に死んだんだね。みんな」


クィンシーは困った顔で何を言えばいいのか分からないようでオロオロしている。



亜音「いいよ、気を使わなくても。なんか知らないけど、全部飲み込めた」


クィンシー「……ごめんなさい」


亜音「なんで謝んのよ。悪いのは殺した連中でしょ? で? 次は私なの? 意味がわかんないし、アンタは誰なのよ。どうしてここにいるのよ。

訳わかんないままで、勝手に守ってもらうのも気持ち悪いんだけど」


私の事を守ってくれたであろう、言わば命の恩人に対してなんて事を言っているのだろう。

頭では分かっているが、口が勝手に悪態をついてしまう。


クィンシーは完全に困っている。何を言うのが、何をするのが正解なのか分からないみたいで。見ていてイラつく。怒られている子供みたいだ。


亜音「ねぇ、私の家族を殺したヤツに敵うような武器を頂戴よ。そのでかいスーツケース、ガンケースなんでしょ?それと腰にホルスター付けてるでしょ。丸分かりよ」


クィンシー「あの、日本では一般市民が銃を持ってはいけないと聞きました」


亜音「じゃあ、アンタはなんで持ってんのよ!」


クィンシー「……ごめんなさい」



話が進まない。

なんだか全部がどうでもよくなって、膝を抱えて目をつぶり顔を伏せた。

いったん冷静にならなくては。冷静?ふざけんな。家族が殺されて冷静とか無理に決まってるだろ!



クィンシー「……あの、もしよろしければ実銃を撃ってみますか?」


亜音「……は?」


コイツ、何を言ってるんだ?


クィンシー「あの、ちょっとスッキリしますよ、ガスガンよりも。お部屋を見たところ、銃がお好きなようですし……」


彼女は自分の唇に指を当てて、さらりと言い流す。そして腰のホルスターから、一丁のハンドガンを差し出した。

バレルを持ってグリップ側を差し出す。これは……


亜音「M66の2.5インチね。ホーグ製グリップ付きか」



手に取るとずっしり来たが、私だって同タイプの金属製モデルガンを持っている。

それに慣れていたので逆に拍子抜けした。そんなに変わらないじゃん。


シリンダーを開けて弾丸を確認する。これって、357マグナム弾だよね……



亜音「素人にいきなりマグナム弾とか大丈夫なの?」


クィンシー「38スペシャルみたいな豆鉄砲よりも、よほどスッキリしますから」



クィンシーは、私が愛用している段ボールの的に手をかざし何か呟いた。


クィンシー「こちらの的の中を亜空間にしました。跳弾しないので、いくら撃っても危険はありません」


亜音「本当にいいの?私、普通の女子中学生なんだけど」


クィンシー「大丈夫。先ほどから銃の扱いを見ていましたが、安全面でもだいぶ慣れていそうですから」


まあ、基本知識だけは知っているが。



取り敢えず両手で構える。

肘は軽く曲げ、握り手の右拳と腰に力を入れる。親指でハンマーを下げる。気持ち良くシリンダーが1発分回りロックされた。


『これ、私のモデルガンよりも動きが滑らかだ』

なんてふと思う。


両目を開け、利き目の右目でリアサイトを覗き、赤いフロントサイトとリアサイトのホワイトに塗られた凹みを重ねる。

ここで初めてトリガーガード内に人差し指を入れた。


クィンシー「結構、衝撃がありますから」



やばい、緊張してきた。

状況が滅茶苦茶なのは分かっているが、頭の何処かで“日本の一般家庭の自室で実銃を撃つ”という非日常的な行為を拒んでしまう。


トリガーを引いたら、もう戻れない一線を越えてしまいそうな…… いや、何を考えているんだろう。

もう家族3人殺されてる時点で異常じゃないか。


『ゴクッ』とツバを飲み込み、覚悟を決めて睨みつけた的に向かってトリガーを引いた。



『ガチンッ!』



亜音「……え?」



クィンシー「ダミーカートですよ〜。わぁい、騙された〜」


頭が混乱する。さっきまでの緊張と決意は何だったんだ。クィンシー、ぶっ殺す!


『ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!』


クィンシーに向けて続けてトリガーを引く。もちろん全部ダミーだ。


クィンシー「ちょっと、ちょっと待って下さい。あ、銃底で……」



『ゴッ!』



銃底で殴ってやった。

くそ、ラバーグリップだからダメージが少ない。クィンシーはしゃがみ込んで涙目で頭を押さえている。


クィンシー「騙したのはごめんなさい〜。でも殴ること無いじゃないですか〜」


もう一度銃を振り上げると、『ヒィッ』と言って頭を抱えてしゃがみ込む。なんだコイツ。


クィンシー「私も初めて銃を渡された時に、先輩に同じ事をやらされたんですよ。緊張で、なかなかトリガーを引けなかった。でも最終的に引ききってハンマーが落ちた時、弾は出ませんでしたが一歩踏み出した気がしたんです」


そうか、私の覚悟を試されたってわけか。



クィンシー「じゃあ、改めて」


彼女は真顔になって、私に6発装填済みのスピードローダーを差し出す。

形状から見て38S&Wスペシャル弾だ。


クィンシー「これは実弾です。どうぞ」


私はM66のシリンダーをスウィングアウトし、空薬莢を全て床に落とした。

そして受け取ったスピードローダーで再装填し、左手で銃を包み込むようにシリンダーを戻した。


スッと的に狙いをつけて、静かにハンマーを起こす。そしてトリガーを引いた。



『パンッ!』



音はモデルガンの5mmキャップ火薬とあまり変わらないな。反動も思ったより少ない。


クィンシー「どうです?騙しちゃったのは謝りますが、初めての場合にはこの方が安全だと思って」



私はまた銃を振り上げた。

クィンシーはまた『ヒィ!』と言って頭を抱えてしゃがみ込む。


クィンシー「なんでですか〜」


亜音「いや、なんかアンタにマウント取られたみたいでムカついて」


涙目で『ひどいですよ〜』と言うクィンシー。



本当に、何者なんだ?

初対面の相手に実弾を渡して、平気なのか?

コイツ、とんでもないお人好しか?

それとも、ただのバカなのか?



クィンシー「あ、ついでですから残りも撃っちゃって下さい〜」


射撃の感覚は分かった。私は片手でスッと構え、そのままダブルアクションで一気に残り5発連射した。


クィンシー「スゴイです。慣れるの早いですね」


私は再度シリンダーを開けて、エジェクトロッドを押して空薬莢を落とす。

ほんのり熱を持ったバレルとシリンダーを握り、クィンシーに銃を差し出した。



亜音「で?私は守られるだけ?護身用の武器は無いの?」


クィンシー「あ!1階のリビングに置いてあります。ちょっと待ってて下さいね」


亜音「待って、私も行くわよ」

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