番外編:剣聖の悔恨
『太陽の剣』には、もう一人、メンバーがいた。
剣聖カイ。
パーティ随一の剣士であり、寡黙だが、物事の本質を見抜く鋭い目を持った男。
彼は、アルノが追放されるあの日、その場にいた。
レイドの暴挙に対し、内心では「それは違う」と思っていた。
アルノの地味な貢献が、どれほどパーティを支えていたか、薄々気づいていたからだ。
だが、彼は声を上げなかった。
レイドの勢いに押され、パーティの和を乱すことを恐れ、「自分一人が反対しても無駄だ」と、己の弱さに負けてしまったのだ。
パーティが解散した後、カイは一人、修練の旅に出た。
なぜ、あの時、アルノを庇う一言が言えなかったのか。
その悔恨が、鉛のように彼の心を重くしていた。
彼はただひたすらに剣を振り、己の弱さと向き合い、苦悩する日々を送っていた。
旅の途中、彼は様々な街や村で、『アルカディア』の英雄譚を耳にした。
追放された鑑定士アルノが、仲間たちと共に理想郷を築き、多くの人々を救っている、と。
ある村では、疫病から救われた老人たちが、アルノの名を感謝と共に口にしていた。
ある街では、アルノたちが倒した魔物のおかげで、平和を取り戻した子供たちが笑顔で遊んでいた。
カイは、彼らが救った人々の笑顔を目の当たりにするたびに、胸が締め付けられる思いだった。
そして同時に、悟った。
アルノの選択は、正しかったのだと。
彼が『太陽の剣』に留まっていたら、決して生まれなかった笑顔が、ここにはあった。
俺が声を上げて、もし追放を阻止していたら、この未来はなかったのかもしれない。
そう思うと、不思議と、心の鉛が少しだけ軽くなるような気がした。
ある日、カイは夕暮れの丘の上で、一人剣を構えていた。
もう、過去を悔やむのはやめよう。
俺が進むべき道は、後悔に苛まれる道ではない。
アルノのように、誰かを守れるほどの強さを手に入れる。
真の剣の道を究めることだ。
カイは、空に向かって剣を一度だけ振るった。
それは、過去の自分との決別の儀式だった。
彼の心には、もはや後悔はなかった。
ただ、かつて同じ釜の飯を食った仲間が、自分にはできなかった偉業を成し遂げたことへの、静かな敬意だけが宿っていた。
剣聖カイの、本当の旅が、今、始まった。
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