第16話:伝説の始まり

 パーティ『アルカディア』の結成は、冒険者たちの間でちょっとした噂になった。

 なにせ、あの「辺境の楽園」を作り上げたアルノが、再び冒険者として活動するというのだ。

 しかも、連れているのはエルフ、獣人、そして正体不明のクールビューティー。

 誰もが、彼らの実力に興味津々だった。


 そんな『アルカディア』に、ギルドから最初の任務が依頼された。

 それは、王都の冒険者たちが誰も攻略できずに匙を投げた、Sランク指定ダンジョン『嘆きの迷宮』の調査依頼だった。

 このダンジョンは、内部構造が絶えず変化し、凶悪なトラップと強力な幻術で侵入者を惑わすことから、多くのパーティが心を折られて撤退していた。


「初仕事には、ちょうどいい腕試しだな」


 俺たちは、その依頼を二つ返事で引き受けた。

『嘆きの迷宮』の入り口に立った俺たち。

 ルナ、フィー、エリザは、少し緊張した面持ちだ。


「大丈夫。俺を信じてついてきてくれ」


 俺は微笑みかけ、ダンジョンに足を踏み入れると同時に【万物鑑定】を全起動(フルドライブ)する。

 瞬間、複雑怪奇な迷宮のすべてが、俺の頭の中に流れ込んできた。


【嘆きの迷宮:全体構造マップ解析完了】

【ギミック:15分周期で壁が移動し、通路が変化する。ただし、北西の壁にある『時の刻印』を破壊すれば、ギミックは停止する】

【トラップ:幻術を伴う精神汚染系の罠が多数。解除するには、各階層に隠された『浄化のオーブ』を起動させる必要あり。オーブの隠し場所、全12箇所特定】

【ボス:ファントムロード。実体を持たないため物理攻撃無効。弱点は、本体が隠されている部屋の天井に吊るされた『魂のクリスタル』】


「……よし、全部見えた」


 俺は仲間たちに、完璧な攻略ルートを告げる。


「まず、時の刻印を破壊しに行く。ルナ、30メートル先の右壁、上から三番目のレンガを射抜いてくれ。それが刻印だ」

「えっ、あんな遠くから?」

「君ならできる」


 ルナが放った矢は、吸い込まれるようにして目標に命中し、壁の奥から鈍い破壊音が響いた。

 迷宮の変動がぴたりと止まる。


「すごい……!」

「次だ、エリザ。幻術を解く。君の魔力を、俺が指示する12箇所のポイントに同時に流し込んでくれ。最小限の魔力で、すべてのオーブを起動できる」


 エリザは俺の指示通り、寸分違わぬ精度で魔力を操作し、ダンジョン内に満ちていた不快な気配を霧散させた。


「ふふ、面白いわね。まるで、答えのわかっているテストを解いているようだわ」

「フィーとシロは、俺の前後を固めてくれ。最短ルートでボス部屋まで突っ切るぞ!」

「はい、アルノ様!」「わふ!」


 俺たちは、もはや散歩でもするような気軽さで、他のパーティが阿鼻叫喚したはずの迷宮を進んでいく。

 現れる魔物は、俺が弱点をすべて看破し、仲間たちが一撃で仕留めていく。

 トラップはすべて無力化済み。

 迷うはずの道も、俺のナビゲーションで一直線。

 そして、ダンジョンに侵入してから、わずか三時間後。

 俺たちは、ボスのファントムロードの部屋にたどり着いていた。


「物理無効なら、本体を叩くまでだ! ルナ、天井のクリスタルを!」


 ファントムロードが攻撃を仕掛けてくるより早く、ルナの矢が天井のクリスタルを粉々に砕け散らせた。

 ファントムロードは断末魔の叫びを上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。


 その日の夕方。

 俺たちがギルドに帰還し、攻略完了を報告した時、ギルド内は信じられないといった沈黙に包まれた。


「ば、馬鹿な……『嘆きの迷宮』を、たった一日、いや、半日でだと……!?」


 ギルドマスターの声が震えている。

 Sランクパーティが束になっても攻略できなかった最難関ダンジョンを、結成したばかりのパーティが、無傷で、しかも圧倒的な速さでクリアしてしまったのだ。

 この偉業は、瞬く間に王国中に、いや、大陸中に広まっていった。

『アルカディア』。

 理想郷の名を冠したパーティは、そのたった一度の任務で、誰もが無視できない伝説の存在として、その名を世界に刻み付けた。

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