第11話:楽園の噂と、謎の女傭兵

 アルノたちの活躍でフィーの弟の病は快方に向かい、白狼族の集落は霊脈の浄化によって活気を取り戻した。

 そのお礼として、フィーの一族の一部がミモザ村へと移り住むことになり、村はさらに多様性と豊かさを増していく。


 温泉と特産品、そして安全な暮らし。

 ミモザ村は、いつしか近隣の街や村からこう呼ばれるようになっていた。

 ――「辺境の楽園」と。


 その噂は、風に乗って王都にまで届いていた。

 王城の一室。

 国王は、宰相から上がってきた報告書に目を通し、興味深げに眉を上げた。


「ほう、ミモザ村か。数年前までは廃村寸前だったはずの土地が、今や王国で最も豊かな村の一つだと?」

「は。にわかには信じがたいことですが、複数の報告が上がっております。温泉が湧き、ゴールデンポテトなる特産品で莫大な利益を上げ、さらには元々住んでいた人間と、移住してきたエルフ、獣人族が見事に共存しているとか」

「面白い。その村を急成長させたという、アルノ・アードラーなる若者……一体何者なのだ?」

「それが、元はただの冒険者だったとしか……。これほどの短期間での発展、裏に何かあるやもしれません。よろしければ、密偵を放ち、内情を探らせますが」

「うむ。そうせよ。だが、ただの密偵では尻尾を掴めぬやもしれん。……そうだ、彼女に頼もう」


 国王の脳裏に、一人の女性の姿が浮かんだ。


 その頃、ミモザ村の入り口に、一人の女傭兵が姿を現した。

 腰まで届く艶やかな黒髪を揺らし、涼やかな目元には知性が宿っている。

 体にフィットした黒い革鎧は、機能美と女性的なラインを両立させていた。

 腰に下げたレイピアは、ただの飾りではないことを雄弁に物語っている。

 息をのむほどのクールビューティー。

 しかし、彼女が放つただならぬ雰囲気は、そこらの男たちが軽々しく声をかけるのを躊躇させた。


 女は村の様子を観察するようにゆっくりと歩き、やがて一軒の家の前で足を止めた。

 村の中心にある、ひときわ立派だが、華美ではない家。

 この村の統治者であるアルノの家だ。

 彼女こそ、国王の命を受けてミモザ村の調査にやってきた密偵。

 その正体は、数年前に起きた政変で国を追われた、隣国の亡国王女エリザだった。

 彼女は類稀なる知謀と剣の腕で、現在はその正体を隠し、フリーの傭兵として王国の裏仕事などを請け負っていたのだ。


 ちょうどその時、家の扉が開き、アルノが出てきた。

 その隣には、ルナとフィー、そして足元にはシロがじゃれついている。


「それじゃあ、畑の様子を見てくるよ」

「はい、アルノさん! 私も見回りに行ってきます!」

「アルノ様、お気をつけて」


 仲睦まじい様子の彼らを、エリザは物陰から冷静に観察する。

(……彼がアルノ・アードラー。噂ほどの傑物には見えない、ごく普通の温厚そうな青年。だが、あのエルフと白狼族の少女は、明らかに手練れ。彼女たちは心からこの男を慕っているようだ。一体、彼が何をしたというのか……)

 エリザはまず、村の情報を集めるため、傭兵として滞在許可を得ることにした。

 彼女はアルノに近づき、傭兵らしい、ややぶっきらぼうな口調で声をかけた。


「あんたが、この村のリーダーか? 腕は立つ。しばらくここに滞在させてもらえないか。用心棒でもなんでもやる」


 アルノは突然現れた凄腕の雰囲気を纏う女傭兵に少し驚いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ、もちろん。歓迎しますよ。俺はアルノ。あなたは?」

「……エリザだ」


 アルノが差し出した手を、エリザは少し戸惑いながらも握り返した。

 その手は、ゴツゴツした戦士の手ではなく、温かくて優しい手だった。

(この男、一体何を考えている……? 私の正体や目的を、まさか……)

 エリザは警戒を解かぬまま、この楽園の主の手腕と人柄を、自らの目で見極めることを決意した。

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