第9話:病の獣人少女と、奇跡の薬
ミモザ村の評判は、温泉と特産品によって日に日に高まっていた。
そんなある日、村の入り口に、一人の旅人が倒れているのが見つかった。
それは、白狼族の獣人少女だった。
雪のように白い髪に、ぴんと立った耳ともふもふの尻尾が特徴的だが、その顔色は青白く、疲れきっているようだった。
村人たちによって俺の家に運び込まれた彼女は、意識を取り戻すと、か細い声で助けを求めた。
「お、お願いします……! この村に、どんな病も治せる人がいると聞いて、やってきました……!」
少女はフィーと名乗った。
彼女の話によると、故郷の集落で、たった一人の家族である弟が、原因不明の病に苦しんでいるという。
日に日に衰弱していく弟を救うため、幻の薬草を探して旅をしていたが、ついに力尽きてしまったらしかった。
その健気な姿に、俺は心を動かされた。
「わかった。俺にできることなら、力を貸そう。君の弟さんの容態を、詳しく教えてくれるか?」
「は、はい……!」
フィーが弟の症状を説明する。
しかし、情報が断片的で、これだけでは病名の特定は難しい。
だが、俺には【万物鑑定】がある。
「少し失礼するよ」
俺はフィーの肩にそっと手を置いた。
彼女の血縁者であるフィーを介すことで、遠隔でも鑑定が可能かもしれない。
俺は意識を集中し、鑑定の対象を「フィーの弟」に設定した。
すると、脳内に情報が流れ込んでくる。
【対象:フィン(白狼族)】
【状態:霊脈汚染による衰弱症(進行度78%)】
【原因:集落の近くを流れる川の上流にある霊脈が、邪悪な魔物の瘴気によって汚染されている。その水を飲んだことで、体内の生命力が徐々に蝕まれている】
【治療法:『月の雫茸』の煎じ薬を服用させること。霊脈の浄化も同時に行う必要がある】
「……なるほど、そういうことか」
俺はすぐに原因と治療法を特定した。
フィーは、俺が何も見ていないのに病名を言い当てたことに、驚きに目を見開いている。
「ど、どうしてそれを……?」
「それは後で説明する。とにかく、君の弟さんを救うには、『月の雫茸』というキノコが必要だ。心当たりは?」
俺の言葉に、フィーの顔が絶望に染まった。
「月の雫茸……! それこそ、私が探していた幻の薬草です……。でも、それはこの地方で最も危険な『嘆きの洞窟』の最深部にしか生えないと……。あそこは、Aランクの魔物、ケイブベアーが巣食っていて、私一人の力ではとても……」
俯くフィーの肩が、小さく震えている。
「一人じゃないさ」
俺は彼女の顔を覗き込み、力強く言った。
「俺も、ルナも、シロも行く。みんなで力を合わせれば、どんな魔物だって怖くない」
「アルノさん……」
その時、部屋の隅で丸くなっていたシロが、むくりと起き上がってフィーのそばに寄り、心配そうに彼女の手に鼻をすり寄せた。
ルナも、力強くうなずいている。
「フィーさん、でしたっけ? 大丈夫です! アルノさんがいれば、絶対にうまくいきます!」
フィーの瞳に、再び希望の光が宿った。
「あ……ありがとうございます……!」
涙を浮かべる彼女に、俺は優しく微笑んだ。
「さあ、準備をしよう。嘆きの洞窟へ、出発だ」
弟を救いたいと願う、健気な少女のために。
そして、俺たちの穏やかな日常を守るために。
新たな冒険の幕が、今、上がろうとしていた。
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