第8話:一方、転落していく勇者たち

 アルノが辺境の村で穏やかなスローライフの基盤を築き、新たな家族を得ていた頃。

 Sランクパーティ『太陽の剣』は、次なる攻略対象である『怨嗟の砦』に挑んでいた。


「ちっ! またかよ!」


 リーダーである勇者レイドは、派手に作動した落とし穴のトラップの底で悪態をついた。

 幸い、底に槍衾はなかったが、パーティはこれで三度目の足止めを食らっていた。


「レイド、あなた少し慎重さに欠けるわ。前はもっとスムーズだったじゃない」


 聖女セラフィナが、イラついた声で言う。

 彼女の額には、らしくない汗が滲んでいた。


「うるさい! 俺のやり方に口を出すな!」


 レイドは怒鳴り返すが、内心では焦っていた。

 アルノがいた頃は、こんな初歩的な罠にかかることなど一度もなかった。

 彼はいつも、戦闘の合間に「この先の通路、右側は床が脆いので左に寄ってください」などと、的確なアドバイスをくれた。

 あの時は「いちいち細かい奴だ」と鬱陶しく思っていたが、今思えば、あれがどれだけ有益だったか、身に染みてわかっていた。


「くそっ、MPがもう残り少ない……!」


 賢者グレンが、ぜえぜえと息を切らしながら言う。


「どうしたのグレン、あなたらしくないわ。回復が追いつかないじゃない!」

「仕方ないだろう! いつものように補助魔法の触媒を選んでくれる者がいないんだ! 汎用品では、魔力の変換効率が悪すぎる!」


 グレンが叫ぶ。

 アルノはいつも、ダンジョンの特性や敵の属性に合わせて、最適な触媒やポーションの素材を選んでくれていた。

 そのおかげで、聖女の回復魔法は常に最大限の効果を発揮し、賢者の攻撃魔法は少ないMPで絶大な威力を誇っていたのだ。

 だが、その補助がない今、彼らの魔法の効果は半減どころか、三分の一以下に落ち込んでいた。

 無駄な消耗が続き、パーティ全体の継戦能力は著しく低下していた。


「聖剣の切れ味も、なんだか鈍いような気がする……」


 レイドは、自慢の聖剣を見つめて呟く。

 これも、アルノがいなくなった影響だった。

 彼は毎日のように、特殊なオイルと魔力を込めた布で、レイドの聖剣をメンテナンスしていたのだ。

【万物鑑定】で聖剣の状態を完璧に把握し、常に最高のコンディションを保っていたのである。

 その恩恵を、レイドは「俺の力が強いからだ」と勘違いしていた。


「もう……なんなのよ! なにもかもうまくいかない!」


 セラフィナがヒステリックに叫び、仲間同士で責任をなすりつけ合う。


「レイドが脳筋だからだ!」

「セラフィナの回復が遅いからだ!」

「グレンの魔法がしょぼいからだ!」


 かつてのSランクパーティの威厳は、そこにはなかった。

 あるのは、些細なことで言い争いを続ける、ただの仲の悪い冒険者たちの姿だけ。

 彼らは気づいていない。

 自分たちの力が、実はアルノという土台の上に成り立っていた、砂上の楼閣であったことに。

 いや、心のどこかでは気づき始めていたのかもしれない。

 あの「ゴミスキル」の鑑定士を追放してから、すべてが狂い始めたことに。

 しかし、傲慢な彼らがそれを認めることは、まだできなかった。

『太陽の剣』の転落は、まだ始まったばかりだった。

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