第6話:温泉と、芽吹く評判

「温泉を掘る、ですと?」


 ミモザ村の村長――白髪の好々爺といった風情の老人は、俺の突然の提案に、きょとんとした顔で聞き返した。

 俺とルナは、村に到着してすぐに村長の家を訪ね、村の再生計画を打ち明けていた。


「はい。この村の地下には、素晴らしい温泉が眠っています。それを掘り当てて、湯治場として村を復興させるんです。費用はすべて、俺が出します」


 俺が金貨の詰まった袋を見せると、村長はさらに目を丸くした。


「こ、これほどの金を……アルノ殿はいったい何者ですかな?」

「ただの、引退した冒険者ですよ」


 村人たちは、俺たちの話を遠巻きに、半信半疑の顔で聞いている。

 無理もない。よそから来た若者が、いきなり大金を積んで温泉を掘ると言っているのだ。

 普通は信じられないだろう。


「……わかりました。アルノ殿のその真剣な目を信じましょう。もし本当に温泉が出なかったとしても、我々はあなたを責めたりはしません」


 村長の許可を得て、俺はさっそく行動を開始した。

【万物鑑定】で特定した、最も湯量が多く、掘削しやすいポイントに印をつける。

 村の若者たちが、疑いながらもクワやスコップを手に手伝ってくれた。

 ルナも、持ち前の明るさで彼らに声をかけ、場の雰囲気を和ませている。


 掘り始めて三日目のことだった。


「な、何か硬いものに当たったぞ!」


 一人の若者が叫ぶ。

 その場所を集中して掘り進めると、岩盤に亀裂が走り――次の瞬間。

 ゴゴゴゴ……という地響きと共に、勢いよく湯気と温かいお湯が噴き出したのだ。


「「「うおおおおおっ!!」」」


 村人たちから、割れんばかりの歓声が上がる。

 湧き出たお湯に手をつけてみると、程よい温度で、肌がすべすべになるような滑らかな泉質だった。


「本当に出た……温泉が、本当に……!」


 村長は涙を浮かべてその光景を眺めている。

 村人たちは、抱き合って喜びを分かち合った。


 温泉騒ぎが一段落すると、俺は次に畑の再生に取り掛かった。

 俺は鑑定で分析した土壌の成分データを元に、必要な肥料の配合を村人たちに教える。


「この畑には、燃やした獣の骨を砕いたものと、川魚を腐らせたものを混ぜて撒いてください。マグネシウムを補えます」

「こちらの畑には、逆に石灰を撒きすぎないように。土がアルカリ性に傾きすぎています」


 俺の的確なアドバイスに、最初は戸惑っていた村人たちも、温泉の一件ですっかり俺を信頼するようになっており、素直に指示に従ってくれた。

 さらに、俺はザイオンの街から取り寄せた『ゴールデンポテト』の種芋を配る。


「この芋は、この村の土壌に最適です。きっと、素晴らしい作物が実りますよ」


 そして、一月後。

 村の畑は、見違えるように活気を取り戻していた。

 青々とした葉が生い茂り、土の中からは、黄金色に輝く見事なポテトがごろごろと収穫された。

 一口食べれば、驚くほど甘く、クリーミーな味わい。

 これは間違いなく高く売れる。

 温泉の方は、村人たちが協力して立派な岩風呂を作り、簡素ながらも湯治客を迎えられる宿も完成していた。


 噂はすぐに近隣の村や街に広まった。

「辺境のミモザ村に、奇跡の温泉が湧いた」「どんな病も治す湯らしい」「黄金の芋という、とんでもなく美味い特産品があるらしい」――。

 客足は日に日に増え、寂れていた村は、人々の笑い声が絶えない活気ある場所へと変貌を遂げた。


 村人たちは、俺のことを「アルノ様」と呼び、救世主のように慕ってくれる。

 俺は村の一角に小さな家を建ててもらい、ルナと一緒に穏やかな日々を送っていた。

 畑仕事を手伝ったり、温泉に浸かって疲れを癒したり。

 時々、村の子供たちに弓を教えるルナの姿を、縁側でのんびりと眺める。


 これだ。

 俺が求めていたスローライフは。

 追放されたあの日には想像もできなかった、穏やかで満たされた時間。

 俺は心からの幸福を噛み締めていた。

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