第3話:自由と、最初の資産

 古代迷宮から生還した俺は、最も近い街、商業都市ザイオンの冒険者ギルドへと足を運んだ。

 古びた木の扉を開けると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でる。

 カウンターに座っていた屈強なギルドマスターは、俺の姿を認めると、驚きに目を見開いた。


「お、おい、お前は『太陽の剣』のアルノじゃないか! なぜ一人で……まさか、レイドたちはどうした!?」


 ギルドマスターの焦った声に、周囲の冒険者たちの視線が一斉に俺に突き刺さる。

 Sランクパーティの動向は、誰もが気になるところなのだ。

 俺は表情一つ変えず、淡々と告げた。


「追放されました。俺が足手まといだったそうだ」

「なっ……!?」


 ギルド内が、水を打ったように静まり返る。

 Sランクパーティからの追放。それは冒険者にとって死刑宣告にも等しい。

 同情や嘲笑の視線が入り混じる中、俺は構わずカウンターに背負っていた袋をどさりと置いた。


「それよりも、換金をお願いします」

「か、換金……? お前、こんな状況で……」


 呆気にとられるギルドマスターに、俺は袋の口を開いて中身を見せる。

 中から現れたのは、磨き上げられた高純度の魔力結晶、ミスリルの小さなインゴット、そして道端で採取した希少な薬草の数々。


【ヒールハーブ(最高品質):通常の三倍の回復効果を持つ】

【賢者の石の欠片:錬金術における万能触媒。市場価格は金貨500枚を下らない】

【竜涙石:極小だが、最高位の火属性魔法を一度だけ防ぐ護符になる】


 ギルドマスターは、その中の一つを手に取ると、鑑定用の虫眼鏡で覗き込み、息をのんだ。


「こ、これは……最高純度の魔力結晶! それに、このミスリル銀……!? ま、まさか、これを全部、迷宮の深層から一人で!?」

「ええ、まあ。帰り道で拾ったものです」


 俺のあまりに素っ気ない態度に、ギルドマスターは混乱しながらも、鑑定士としての職務を全うする。

 一つ、また一つと鑑定が進むにつれて、彼の額には汗が浮かび、声は上ずっていった。

 そして、すべての鑑定が終わった時、彼は震える声で合計金額を告げた。


「ご、合計で……金貨、3000枚になります……」

「「「さんぜんまいぃぃぃ!?」」」


 ギルド中に、驚愕の叫び声が響き渡った。

 金貨3000枚。

 それは、俺が『太陽の剣』に所属していた頃の、年収五年分を遥かに超える額だ。

 レイドたちが命がけでドラゴンを倒して手に入れる報酬が、金貨100枚程度だったことを考えれば、その異常さがわかるだろう。

 彼らが見向きもしなかった道端の石ころや草が、これほどの価値を生み出したのだ。


 俺は金貨がぎっしり詰まった革袋を受け取ると、ギルドマスターに告げた。


「これで冒険者登録は抹消してください。もう、引退しますので」

「ば、馬鹿なことを言うな! これだけの稼ぎができるお前が、なぜ!?」

「疲れました。これからは、静かに暮らしたいんです」


 騒然とするギルドを後に、俺は街の宿屋で一番良い部屋を取った。

 熱い湯で迷宮の汚れを洗い流し、フカフカのベッドに体を沈める。

 手元には、自由と、当面の生活には困らないどころか、一生遊んで暮らせるほどの大金。


「これから、どうしようか」


 都会の喧騒は、もううんざりだ。

 名声もいらない。

 俺が欲しいのは、穏やかで、誰にも邪魔されない、静かな時間。

 俺は部屋の机に広げた王国地図を【万物鑑定】した。

 無数の地名や情報が頭に流れ込んでくる。

 その中で、一つの場所に目が留まった。


【ミモザ村:王国南方の辺境に位置する小さな村。近年、水源の枯渇と土地の痩せにより過疎化が進行。地価は非常に安い。しかし、その地下には未発見の『温泉脈』が眠っており、土壌には特殊な栄養素を求める希少作物の栽培に適したポテンシャルが秘められている】


「辺境の村か……いいな」


 温泉。スローライフ。最高の響きだ。

 俺はにやりと笑みを浮かべた。

 目的地は決まった。

 明日、この街を出て、辺境のミモザ村を目指そう。

 俺の新しい人生は、そこから始まる。

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