第24話 白雪の姫


マユが帰ってきた。


久しぶりの再会を果たし、マユの家のリビングで集まる3人。


外出嫌いのマユらしく日焼けはしていないが、日本語の発音が少しおかしくなっていた。




「イヤでも英語使うからね。最も今はスマホの翻訳機能で足りるんだが」


「うん、でも凄いよ。マユちゃん、カッコいいな」


「ふふ。そうだ、アーサー王のお墓も行ってきたんだ。写真見るかい?」


「グラストンベリーの!?見る!」 


興味深そうに身を乗り出して写真を見て何やらオタクトークに花を咲かせるモモセとマユ。



「キミもやはり『アーサー王の死』は履修済みだったか」


「うん。でも今読み返すとランスロット酷いよねw」


「ボクはグィネヴィアも相当だと思う。組織筆頭の優秀なイケメンにあっさり股を開くのは王妃にあるまじき愚行だよ」


「今の価値観から考えるとランスロットとグィネヴィアはコンプライアンス違反で炎上だねw」


「ほう!面白い観点だね!

じゃあアーサー王はリスクヘッジを怠ったガバナンス不全かな」


「ガウェインはアンガーマネジメント失敗かな」


「あはははは!いいね!全員炎上wwキャメロット炎上事件www」




リコはソファの端に座り、マユの帰国土産のチョコレートを頬張りながら、その様子を静かに見ていた。

会話の輪の中で笑ってはいるけど、どこか一歩だけ遠い。自分だけが入りこめない話題。



「そうだ、モモセ。今日私たち、シフト入ってなかった?遅刻しちゃうよ」


「シフト?」


「新聞配達の夕刊」


「あ!そうだった。行かないと!ありがとう、リコ」


「うん、一緒に行こう?いつもみたいに」



「⋯⋯」




マユは窓から仲良さそうに自転車を走らせるモモセとリコをじっと見ている。



「リコ、モモセ……か。

なるほどね。アヤネに振られて傷心のモモセに上手くつけこんだ訳だ。やるね、りこち。

わかっているさ、嫉妬はないよ。

──────ボクとモモセはなんだから」



胸の内を抑えるかのように、彼女は小さく呟いた。






2日後。

変化が訪れた。


「やぁ、待っていたよ。シュブ・二グラス」

開口一番、マユがモモセをアダ名で呼んだ。


「あ、懐かしいな。それ」


「……何の話?」

リコが少し眉をひそめる。



「昔の真名さ。ボクがヨグ・ソトース。モモセがシュブ・二グラス。あちらでは夫婦の神でね」


「夫婦……」


「最近キミはモモセと呼ばれがちだからね。

……ボクも初心に戻りたくなっただけさ。イヤだったかい?」


「ううん、懐かしいし嬉しいよ、ヨグ様」


「ヨグ様……?……ふぅん……へぇ」

リコの語気が僅かに重くなる。


「あ。いや、ごっこ遊びっていうか。RP《ロールプレイ》っていうか」


「自分で解説するほど、痛くなるぞ。シュブ・二グラス」


「ヨグ様も助けてよ」


「……長くない?それ」


「そ、そうだよね」


「そうかな?ボクはしっくり来るけどね、ふふっ」


モモセは苦笑して受け流したが

リコとマユは一瞬だけ無表情にお互いを一瞥していた。







更に翌日。



その日は皆、宿題の進捗が順調で、午後からアニメ視聴をする流れになった。




「何見るの?」


「今回の旅行で再燃したからFateだ!」


「無印?UBW?Zero?」


「グランドオーダーだ!」


「いきなりそこ!?僕は良いけど、初見のリコはキツいんじゃ」


「まぁ私はいいよ」

どうせどれ見ても途中で寝ちゃうだろうし。



「りこちも注視してくれ。このアニメの作画はえげつないんだから」


「うわ、懐かしー!やっぱ凄いなー」



「はいはい、ちゃんと見てるよ」

とは言ったものの最初から知らない単語のオンパレード。知らないキャラのバーゲンセール。


ファルシのルシがコクーンでパージしてて……

何コレ?



ウトウトと眠気が訪れた時。



「……りこち、やはり初見ではきつかったか」


「ヨグ様、このチョイスは僕以外喜ばないよ」


「シュブ・二グラスがちゃんと喜んでくれたなら重畳ちょうじょうだ」


「あは。───あ、ギル様きたよ」


「おぉぉ。相変わらずふつくしぃ」


身を寄せ合って、アニメを楽しむマユとモモセ。



リコがチラと時計を見た後、告げる。


「あ、モモセ。時間。今日シフト入ってるよ」


「あれ?今日も一緒だった?」


「うん、一緒。ごめんねマユ」


「いってきます、ヨグ様」


「……いいさ。頑張ってきたまえ、勤労学生諸君」




──────








帰り道。

リコとモモセは公園に立ち寄っていた。



「ごめんね。私がシフト勘違いしてたみたいで」


「ううん。リコでも間違える事あって安心しちゃった。あは」


「私、間違えてばっかりだよ」


「そ、そんな事ないよ。僕はいつもリコにありがとうって思ってるよ」


「……モモセ」


「うん?」




「キスして」




「……え。勉強優先、は」


マユが帰国してからは、リコは確かにえっちを我慢して勉強を優先にしていた。




「キスして?」


リコの声は微かに震え、今にも泣き出しそうだった。



「うん……」


そっと近づく。視線が交差し、唇が重なる。

風が遠くで吹き抜け、静けさだけが二人を包んだ。




──────







日の落ちた閑静な高級住宅街。


明かりもつけず、マユはイヤホンをつけて、椅子に座りジッと虚無を見つめている。

周囲の音は消え、世界が狭くなっていく。





──────コツン。


何処かの建物に足音が響いている。





──────ピチャンピチャン。


何処かの水道から水滴が落ちている。





──────そして───リコの声。




「……ねぇ、モモセ。こっち、見て……」







フードコートでは、リコとモモセが並んで座っている。

椅子の背もたれがキィ、と軋む。

リコはモモセの横顔を覗き込みながら、声を潜めて甘える。



「あのね、今日……ほんとはシフト入ってないって知ってたの」


「え……リコ、それって」


「うん。モモセと2人になりたかったから、嘘ついちゃった。ごめんね」


「……ううん。僕もリコと二人になりたかったから……ン♡」


「ん……♡ねぇ、また、したいって言ったら……だめ?♡」


音が一瞬上がる─────リコの声が甘く、強くなっていく。







「……好き……モモセ……すき♡」


──────それは、私が先に伝えた言葉だった。




「ねぇ……好きって言って……もっと♡」


──────それは、私がずっと待っていた言葉だった。




「や♡……だめだってば♡………ん♡……もぉ♡♡」


「リコの肌……すごくスベスベだよね……♡」


「あん♡♡はっ……♡……モモセも♡……すごくキレイ♡♡んちゅっ♡♡」


「ああぁぁぁ♡♡」


「いっぱい印つけちゃお♡♡ちゅぅっ♡♡んちゅぅっ♡♡ぢゅぅぅ♡♡ぢゅぱっ♡♡」


「リコぉぉお♡♡」



普段の2人からは考えられないくらい、砂糖菓子のような甘えた声の応酬が聞こえる。


────マユの表情が、暗く深く沈んでいく。






──────ピチャンピチョン


──────ギィ……ギィ……ギッ……ギッ……


──────はぁ、はぁ、はァ、ハァ……



──────クチュ、クチュ、ジュク、グチュ




水道から滴った水音と、古いテーブルの軋み、

そして何より、リコの吐息と水音に似た何か。



「……入った……ふぁ……」



グチュ……グチュ……グチュ……



「……ん……んっ……♡……モモセ……もっと……奥まで……♡」



ぱんっぱんっぱんっぱんっ……♡♡♡



「だめ……もう、もう我慢できない……イクっ……モモセ……!」


「僕も……リコっ……」



ビュルルッ、ビュッ、ビュッ……



「はぁ……はぁ……モモセ、すき……大好き……」


「僕も……大好きだよ、リコ……」


次第に音声は遠くなる。

ボソボソと互いの耳元で愛を囁き合っているような、くすくすとはにかんだ笑い声が微かに漏れる。



───ギシ、ギシ……



「 んっ……モモセ…もう一回だけ……しよ?」


少し後。

リコの更に甘えた声が、ノイズ混じりにイヤホンから流れ出す。


「うん……僕もしたい……」


「んっ……ふぁっ……ァっ……また入った……♡」



───ぬちゅ、ぬちゅ、グチュ、グチュ……



身体の動き、密着する音、呼吸の熱、指先がこすれ合う水音。

音声からだけでも、どれほど激しいかがわかる。

椅子が揺れるたび、テーブルが震えるたび、空気ごと震わせるような淫靡な響き。



「リコ、気持ちいい?」


「……すごい、きもちいい……んっ……♡」



───ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……



「んっ……もっと♡……もっと突いてっ!」



マユの手が、無意識に自分の太ももへ伸びていく。

イヤホン越しに伝わるふたりの熱に、呼吸が乱れる。



───「イクっ……モモセ……また……イクっ……っ♡」


「リコ、僕も……もう……!」


ガタ、ガタと椅子が激しくぶつかる音。



『あぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡♡』


2人の絶頂が重なる。



───ドビュッ、ビュルルッ、ビュルルルルッ……!



「……すごかったね……モモセ……」


リコの掠れた声が優しく響き、

そのあとの、何度も繰り返される深いキスの音。


───んッ♡んぢゅっ♡ちゅっ……ちゅぅっ♡♡



「……り、リコ……そろそろ帰らないと……」


「やぁだ♡♡もっとモモセとチューするの♡♡んちゅっ♡♡ぢゅぱっ♡れる♡♡ぢゅぅ♡♡」



キスが、どれだけ重なっても音は途切れず、ふたりの気持ちが溶け合っていく様子が、

イヤホンの奥で、ずっと、ずっと終わらず鳴り続ける。




──────ブツン




マユはイヤホンを引き抜いた。

コードを手元でクシャと握り、ためらいなく机の端に放る。



静寂。

目を閉じ、呼吸する。

小さく、だが確実に怒気の含んだ声で。



「─────魔女め」



マユは吐き捨てた。


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