「フー」

 私は軽く息を吐いた。

 何曲かやったが、通行人は、まったく寄ってこないし、目を向けてもくれない。

 でも、まあ、それはそうだろう。そんなに簡単にうまくいくわけがない。予想はついていた。

 観客の多くは最初からお目当てのグループがいるようだし、それ以前に私たちは、歌っているときにアイドルらしい振り付けもしていなければ、アイドルという肩書に見合う衣装を着てもいない。「学校の合唱部の練習かよ」と誰かにツッコまれたら、返す言葉がないという状態である。

「ちょっと休もうか」

 私は二人に声をかけた。単純に少し疲れたのと、このまま続けても、状況が変わるとは思えず、ほとんど意味がないのが濃厚だからだ。

「どうしようか? 観てもらえるように、もっとちゃんといろいろ計画してから来るんだったかな?」

 みんな腰を下ろして、私が言うと、理恵ちゃんが返事をした。

「ま、いいんじゃないですか。初めはこんなもんすよ」

「また、『すか』」

「すみませーん」

 理恵ちゃんは、「いけね」という仕草で、いつも通り愛想よく謝った。

 すると、私たちのところに、近い歳だと思われる、ちょっと気が強そうな、別のアイドルグループのコが一人でやってきた。なんだろう?

「あんたたち、初めて見るけど、なに? まさか、アイドル?」

 険しい表情で、腕を組んで、そのコはそう口にした。

「そうです、一応」

 私は答えた。

「何よ? 一応って」

「研修生のようなものですかね。頑張ってファンをつくることができたら、デビューさせてもらえるって話なんですよ」

 今度は理恵ちゃんが返答をしてくれた。

「そんな普段着みたいな格好で、ただ歌を歌って、ファンがつくわけないじゃん」

 話しかけてきた彼女は呆れた顔だ。

「そうですよね。私たち、事務所から組まされたばかりだし、何も教えてもらえず、自分たちでなんとかしろと言われてしまったので、この有様なんです。自分たちでもひどい状態なのはわかっているんですけど、とりあえず人前で歌って、存在を知ってもらわなきゃと思って」

 再び私が事情を説明した。

「ひどいのがわかってるなら、もう帰って」

 目の前のコは冷たく言い放った。

「え?」

 理恵ちゃんが声を漏らした。

「あんたたちみたいのがいると、ここにいるアイドルはレベルが低いって思われちゃうから、迷惑なのよ」

「えー、でも……」

 初めてなんだからレベルが低くても仕方ないじゃないかと思い、私が反論しかけると、相手の彼女はそれを遮って続けた。

「駄目、駄目。出ていってって。じゃなきゃ、うちのメンバーや、一緒の意見の他のグループのコを呼んできて、力ずくで追い払うよ」

「そ、そんな……」

「わかりました。しょうがないから行きましょう、リーダー」

 えー……。

 理恵ちゃんに促され、少し後ろ髪を引かれつつも、ケンカになったりするのは私も嫌だから従って、私たちはその場所を後にした。


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