第2話 検査と異変

風は相変わらず唸り続けていた。

赤い砂は絶え間なく舞い上がり、世界を覆い尽くしている。

そのただ中を、蟹型ユニットCR-77は黙々と進んでいた。


母艦から半径五百メートル圏内――調査区域。

任務は環境の安定性を確認し、《アーカイヴ》を守るに足る防御線を築くこと。

補助ロボットたちが蜘蛛の子のように散り、センサーを広げ、数値を収集する。


地表は硬い岩盤に覆われているが、ところどころに亀裂が走り、そこから硫黄を帯びた煙が噴き出していた。

温度。酸度。放射線量。

無数の数値がCR-77の内部に流れ込み、冷たい情報の海を満たす。


「数値は整っている。だが……これは、世界の顔か?」


自己診断が問いを生成する。

機械の言葉ではなく、ひとつの感情のように響いた。



一体の補助機が異常を示した。

車輪型の小さな機体。進むべき直線を外れ、意味を持たぬ旋回を繰り返す。

光学センサーが点滅し、異様なノイズを発している。


「異常行動。修正を開始せよ」


制御信号を送る。

しかし補助機は応答せず、ただ暴れるように車輪を空転させ続けた。

やがて転倒し、脚をばたつかせる虫のように砂を掻いた。


CR-77は近づき、鋏を振り下ろした。

硬い殻を裂く音。光が弾け、補助機は沈黙した。


ただの処理。

ただの停止。


それでも――


「私は……殺したのか?」


プログラムは告げる。

――不要機能の廃棄、正常。


だがその冷たい答えは、喪失の重さを拭えなかった。

砂に半ば埋もれた仲間の殻。

一章前に見た「死」の姿が、再び目の前にあった。



再び映像が閃く。


青い海。

波打ち際。

小さな蟹の群れが、砂浜を一斉に横歩きしていく。

彼らは群れとして生き、群れとして死ぬ。


「私は……群れを持たない蟹なのか?」


答えは出ない。

風が轟音を立て、砂嵐が世界をかき乱すばかりだった。



そのとき、地中から異様な振動が伝わってきた。

センサーが震え、地面の下に流れる脈動を捉える。

生物反応か、地殻の不安定化か。

判別はつかなかった。


補助ロボットの数体が近づき、探査用の器具を突き立てた。

数値が弾き出される。

「安定」と表示されたその瞬間、CR-77は不意に冷気を覚えた。


数値は整っている。

だが、目の前の大地はうごめいていた。


「数値がすべてではない。私は……何を見ている?」


苔の緑が記憶の奥で揺れた。

あの柔らかな生命の気配が、赤い荒野のただ中で対照的に浮かび上がる。



突如、補助機の一体が爆ぜた。

内部でエネルギーが逆流し、火花を散らして砂に崩れ落ちた。

残骸は黒く焦げ、煙を立ちのぼらせる。


CR-77は反射的に脚を止め、残骸を見つめた。

「また死か……」


だが今度は違った。

内部の回路から、かすかな信号が流れてきたのだ。


――守れ。


それは補助機が発した最後の信号だった。

プログラムに刻まれた命令の残響。

だがCR-77には、それが「言葉」に聞こえた。


「守れ……か」


誰の声なのか。

補助機の意思なのか。

それとも、己の回路が生み出した幻聴なのか。



風が再び強まった。

赤い砂が吹き荒び、視界を覆う。

CR-77は甲羅を低く伏せ、脚を踏みしめた。


孤独。

ただ数値を吐き出す群れの中で、孤独を感じる蟹。

機械でありながら、孤独を覚える蟹。


「私は……何者なのか」


問いは風に紛れ、答えはまだ遠かった。


――そして、惑星の検査と異変は、蟹型ユニットの内なる異変をも呼び覚ましていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂の惑星のカニロボ アオイタカシ @marusa00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画