第14話 私の名前は
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### 第12話 私の名前は
衝撃的なVTRが終わった。
それは、菅原記念病院で行われていた非人道的な治験の実態、そして壬生さゆりの母が、その犠牲者の一人であったことを示唆する、決定的な証拠映像だった。スタジオは、VTRの重すぎる内容に、水を打ったように静まり返っていた。
誰もが、次にメインキャスターである池崎由紀子がどうコメントするかに注目していた。
しかし、カメラがスタジオに戻した時、視聴者は信じられない光景を目にすることになる。
池崎由紀子が座っていたはずのキャスター席。そこに座っていたのは、先ほどまでライダースジャケット姿だったはずの、壬生さゆりだった。
彼女は、黒いシンプルなジャケットに着替え、乱れていた髪をきつく結び直している。その表情は、ディレクターの顔ではない。かつて、日本中のお茶の間を魅了した「キャスター・壬生さゆり」の顔に戻っていた。
そして、その隣には、池崎由紀子が静かに佇んでいる。まるで、主役の登場を待っていたかのように。
サブコントロールルームのプロデューサーが、呆然と呟く。
「…おい、これ、どういうことだ…?」
しかし、ディレクターは冷静だった。
「プロデューサー、これは…池崎さんと壬生さんの間で、打ち合わせ済みの演出です。カメラはそのまま!壬生のアップ!」
池崎が、マイクを取った。
「…今、ご覧いただいたVTR。その全てを取材し、命を懸けてこのスタジオに届けたのは、ここにいる、壬生さゆりディレクターです」
池崎は、そっとさゆりの肩に手を置いた。
「しかし、今夜、彼女はディレクターとしてではなく、この事件の最も重要な『証言者』として、そして、一人の『キャスター』として、自らの言葉で真実を語ります。ここからは、壬生さゆりキャスターに、マイクを渡します」
それは、前代未聞の司会交代劇だった。
さゆりは、深く、静かに息を吸い込んだ。そして、何百万、何千万という人々が見つめるカメラのレンズを、真っ直ぐに見据えた。
「…キャスターの、壬生さゆりです」
その声は、震えていなかった。
アナウンサー時代よりも、さらに低く、重く、研ぎ澄まされた声だった。
「私が、なぜアナウンサーという立場を捨て、この番組を作らなければならなかったのか。今夜、その最後の理由をお話しします」
さゆりは、一度言葉を切った。
日本中が、彼女の次の言葉を固唾を飲んで待っている。
「VTRにあった、非人道的な治験の犠牲となり、十分な治療も受けられずに亡くなっていった、かつての祇園の芸妓。彼女は、私の母です」
スタジオが、そして日本中が、息をのむ音が聞こえるようだった。
「そして…」
さゆりは、最大の告白のために、すべての覚悟をその声に乗せた。
「この非道な行いを主導し、母を見殺しにした男。菅原記念病院院長、菅原茂雄は…私の、実の父親です」
その告白は、核爆弾のような衝撃をもって、日本列島を駆け巡った。
医療サスペンスだと思って見ていた番組が、壮絶な親子間の復讐劇であったことを、誰もが知った瞬間だった。
さゆりは、続けた。
「これは、単なる医療不正の告発ではありません。娘である私が、父の罪を断罪するために行った、私自身の戦いです。ジャーナリズムの公平性を欠く、と言われるかもしれません。ですが、肉親だからこそ知り得た情報、肉親だからこそ許せなかった悪行が、確かに存在するのです」
彼女の瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。しかし、声は決して震えない。
「お父さん」
彼女は、初めてカメラの向こうの父に、そう呼びかけた。
「私は、あなたを許さない。母の命を奪い、田中美咲さんの未来を奪い、数えきれないほどの患者の尊厳を踏みにじったあなたを、絶対に許さない」
それは、テレビの電波を通して行われた、娘から父への、最も個人的で、最も公開された、決別の言葉だった。
「私の名前は、壬生さゆり。あなたの血を引くことを、生涯の恥として、これからもあなたの罪を問い続けます」
彼女は、ハンカチで涙を拭うことなく、その涙の跡さえも証拠とするように、まっすぐに前を見据え続けた。
番組は、池崎由紀子の「今夜は、ありがとうございました」という一言で、静かに幕を閉じた。
だが、日本中の誰もが、眠れない夜を過ごすことになった。
壬生さゆりという一人の女性が、自らの人生のすべてを賭けて放った最後の弾丸は、確かに、巨悪の心臓を撃ち抜いていた。
そしてそれは、テレビというメディアの歴史に、永遠に刻まれる一夜となったのだ。
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