糸
武内明人
糸
その昔 ある時代の物語・・・・。
男は橋を渡るのに 人の手を借りていた
特に目が不自由な訳でもなく 身体も不自由ではないのにだ
人を使うと 楽にこの山になった 橋を渡る事が出来るというのだ
山といっても ほんの少し上って下っているだけの
他愛もない橋なのにだ
今日も その橋を 男は 若い女を脅し
自分の手を握らせて 引っ張ってもらいながら渡っている
その橋の名は 天地橋といった
伝説によると その橋は天国と地獄につながる三途の川にかかっていた
とされている
東を天国 西を地獄とし 人々は生き死にをその橋を渡ることで体現していた
若い女に引かれ西から男は渡っていた
曇天模様の曇り空が いつしか雷鳴響く嵐となった
若い女が泣き叫ぶ 「きゃぁぁぁっ こわいぃぃぃ 雷こわいぃぃぃ」
大雨も降り 出し 徐々に 橋の下にある川が増水していった
「うるせぇ 黙って引っ張れ 濡れちまうだろうが」男はこの時 不自然さに気付い
た
やけに橋が長く感じる 向こうの景色は見えてるのに なかなか辿り着きゃしねぇ
男が思うのも無理はないのだ この橋を普通に歩いて2分もかからない
それがもうかれこれ1時間も同じ景色を歩いている
「どうしたことだ あっ・・・」若い女は雨で手が濡れたことで男の手を振りほどき
さっさと橋を渡ってしまった
「くそっ あのあまっ 逃がすものか」と男が追いかけようと走り始めた瞬間
足が滑り 転倒すると 体が橋の手摺の間から転げ落ちそうになった
橋の下は 濁流が流れ落ちれば死ぬしかない
「あぁぁぁぁ やばいっ」と男は川に転落しそうになりながらも 咄嗟に何
か細いものを掴んでいた
「た、 助かった これはなんだ」男が手にしているのは 針仕事に使う一本の糸だった
「放しては駄目ですよ しっかり掴まって」顔は見えないが 確かに女の声が聞こえ
ている
「おい おい そこにいるなら こんなもんじゃなく 手を貸せ」男は何も見えない
空間に声を荒げる
何時しか闇が訪れていた
黒々とした大蛇のような濁流は男を呑み込もうとしている
もう駄目だ 手のひらが千切れそうだ 早く手を貸せ
男の声は濁流の中に沈むように消えていく
糸を握った手のひらが 少しずつ切れていく
「痛いよう もうだめだ 早く手を貸してくれぇ」
そして5分が経過し 男の手のひらは 糸が線を引くように
千切れた
「ぎゃぁぁぁぁぁあ 手がぁぁぁぁぁぁぁあ」
濁流は男を呑み込むと また元の静かな流れに戻った
曇天は晴れ 鳥は囀り 静かな春の風が吹いた
それ以来 その橋では 手を繋いで渡ることは
禁じられ たまに恋人同士が手を繋いで渡ると
突然大雨が降り 声が聴こえるようになった
「手を貸せ」と
天地橋は、人生の終わりの時は、必ず一人であるという事を教えている。
そして 天地橋の東側の渡り口には 誰が置いたのかわからない
弁天様の仏像が その優しい表情で いつまでもいつまでも
橋を渡る人々を見守っていた
完
糸 武内明人 @kagakujyoutatu
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