1輪の花を届ける人

武内明人

1輪の花を届ける人

令和の時代は、度重なる戦争が人間の心を退廃させ、人々の気持ちという善なるものは廃れてしまっていた。


「お前、昨日も家でお寝んねだろう!貧乏なオヤジとママと一緒にぃ!ハハハハハ。」


僕は、翔太しょうたっていうんだ。

10歳。

うちは貧乏人ってよく人に言われる。

けど、家だけじゃないってお父さんもお母さんも言ってる。

戦争が原因で買い物が出来なくなってるんだって。

昨日も卵が買えないってお母さんが言って、お父さんは車で会社に行けなくなったんだ。

遊びにも行けなくて、でもお金持ちの子たちは、外国へ行ったって話してる。

僕は外国なんか行きたいと思ってないけど、お父さんが車で会社に行けるようにしてあげたいんだ。

だって、朝、僕が寝ている間に会社に歩いて行って、僕が眠っている時に歩いて帰ってるってお母さんが泣いてる。

電車やバスにも乗れるお金がないんだって。

僕は大丈夫だけど、学校の給食費も先生に払ってないからって言われたんだ。

友達からも無銭飲食って言葉を言われたよ。

意味は分からなかったけどお金を払わないで食べる人の事なんだって。昨日もお寝んねだろうって友達が言ったのは昨日は日曜日だったからだよ。

皆は親とどこかへ出かけたって。

ウイルスっていう病気が治って気晴らしにみんなお出かけをしたんだ。


「大丈夫だよ、僕はお金何かいらないから…」






「翔太君はいつも友達にいじめられて悔しくない?」


女子で唯一僕に話しかけてくる美鈴みれいちゃんは僕がいじめられているのをいつも心配して、いじめっ子が何処かへ行くと僕の近くに寄ってきて「大丈夫?」っていうんだ。

有難うって僕が言うと下を向いてしまうんだけど…

下校の時、いじめっ子がいないのが分かると僕たちは一緒にお家に帰るんだ。

美鈴ちゃんはお花が大好きで、特に、赤いストックの花が好きなんだって。

美鈴ちゃんが今日こんなことを言ったんだ。


「私もうすぐ転校するの。だから翔太君とお別れなの。悲しいけど。でもね、二人が大人になったら、翔太君、私を迎えに来てくれる?」って。

僕が何でって聞くと美鈴ちゃんは、「私、翔太君のお嫁さんになって翔太君を助けてあげたいから。私がいないと翔太君、皆にいじめられちゃう…。」


美鈴ちゃんはそのあと泣きながらこう言ったんだ。


「迎えに来るときは一輪の赤いストックの花を持ってきて。そしたら私、ちゃんと翔太君ってわかるからね。私を信じてね。」って。







あれから12年が過ぎた。俺はもう大人になっている。

けれど、俺の生活は荒んでいて、ホームレスに近い状態だ。

中学を卒業するとき担任に言われたよ。

お金がないところは高校に行けないと。

ネットで調べたらそういう人たちに向けて奨学金制度や国の補助金もあった。

でも、俺の担任は、君は就職した方がいいよ、その方が君の家庭の為だといいやがった。

俺は自暴自棄になって、半グレの仲間になった。

でも、俺は優しすぎるとグループを追い出され、仕事もなくてごみ箱をあさりながら生きている。

日雇いの仕事で、栄養を補う毎日だ。

ある日、間借りしている半グレ仲間のアパートで、今日の日付を成人式のニュースで確認した。

明日は、1月15日、成人式だ。

そうだった、小学生のころ、美鈴と約束した日はもう2年過ぎていたんだという失望感で画面を眺めた。

美鈴はきっといい男と結婚して…・と思っていた。


美鈴とのことを思い出した俺は、次の日、つまり2年過ぎた成人の日、結末を迎えるために、約束した場所に、あの花を持っていくことにした。

お笑い種に思えた。

今更ってやつだ。

ありえないことだ。

でも、俺のけじめをつけるために、もしかしたら待っていてくれた美鈴の恥に報いるために…。


ストックの花を選ぶのに切り花か鉢植えか随分迷った。

結局、安く上がるのはかえって鉢植えだと思った。

ストックは、一輪あれば多数の花が咲くのだ。

一輪だけの鉢植えストックを腕に抱え、美鈴が待つ場所に向かった。


2年前の成人の日に彼女への愛を告白するつもりだった。

当然だろう、ほかのやつらは家が貧乏だと揶揄したのに彼女はこんな俺に優しさをかけてくれたんだ。

俺を普通の人間に思ってくれるのは彼女しかいないんだ。

その場所は東京、日暮里にあるファッションハウスナザレの前だ。

美鈴が子供のころ大人になったらここで服を買おうと決めた場所だ。

成人服だけでなく、キッズ服をたくさん揃えた店だった。

その目で見ていた洋服は今はもうないだろう。


美鈴がいるはずもないと思いながら俺は店の前から見える東京湾を見るとはなしに眺めていた。

1時間、2時間、3時間・・・ずっと待っていた。

何時しかそれは美鈴の為でもなく、自分の過去を待っていたのかもしれない。

一輪花いちりんかが風に揺れた。

夕方になり少し風が吹き始めた。

季節は春を迎え温かさが残り始めている。


「翔太君?」


そう聞こえた気がした。

声の方向に俺が顔を向けると、眼鏡をかけた、内気そうな女が俺の顔を覗き込んでいた。

美鈴は美女になっていることを想像していた俺は、一瞬心が引けた。

しかし、その物腰や言葉遣いに心がほだされていく。

美鈴だった。

彼女は、成人式後も俺が来るのを気に掛けてこの場所にしばしば立ち寄るのだと言った。

きっと来ると確信していたとも・・・






それから二人は付き合うのもじれったくて同棲し結婚した。

美鈴は五つ子を生んでお母さんになった。

俺は今、ボランティア団体の代表として、そして立ち上げた塾の経営者として、精力的に活動している。


俺は思う、人生は本人が決められるものではないと。

与えられるものだと思って暮らしている。

赤いストックの花言葉は、彼女の本当の気持ちだったんだと改めて思った。


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1輪の花を届ける人 武内明人 @kagakujyoutatu

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