冷蔵庫の怪 ~俺を食え~

黒羽 透矢

冷蔵庫の怪 ~俺を食え~

 朝──俺は、それの前に立っていた。


 冷蔵庫。買ったばかりの最新式。


 朝食用に、昨夜の残り物のカレーを温め直すつもりだった。


 冷蔵庫を開けると、最初は何もおかしいところはなかった。


 おやつ用のプリン。卵のパック、ペットボトルのお茶、昨夜の残り物のカレー。いつもの風景。


 だが、


「──え?」


 プリンを見て、違和感が走った。


 いや、正確にはフタの部分に印字された賞味期限。


 2028.09.29とあるはずの場所に、黒インクでこう書かれていた。


『俺を食え』


 目を瞬かせた。見間違いかと思って指でなぞる。しかし印字は滲むことなく、確かに刻まれている。


 卵パックを手に取る。


 プラスチックの透明ケースに貼られたラベル。


 そこにも、


『はやく俺を食え! 手遅れになるぞ!!』


 激しい自己主張。謎の圧。


 ──まさかこれ、食品たちの心の声?


 慌ててペットボトルのお茶を引き抜いた。ラベルの成分表示がぐちゃぐちゃに歪んで、やがて文字が一列に並び変わっていく。


『俺のことはいい! 他のやつを頼む!!』


 ぞわりと嫌な汗が背中を伝い、呼吸が乱れる。


 残り物のカレーのタッパーにも、貼り付けた日付シールがある。


 油性ペンで書いたはずの昨日の日付が、いつの間にか消えていた。


 代わりに、白いテープの中央に、誰かの走り書きのよう文字で、


『これは昨日、作ったってこと?』


 俺は冷蔵庫を閉めた。


 深呼吸して、もう一度開けた。


 ──やっぱり同じだ。


 謎の文字は変わらず、そこに印字されている。


 これはいったい何だ? 怪奇現象? 最新式の冷蔵庫なのに、もう妖怪でも住み着いたのか?


 次の瞬間、俺のスマホが震えた。


 家電量販店からの通知。そこには、


『冷蔵庫AIアップデート!』


『賞味期限を、親しみやすく教えてくれる新機能追加!!』


 俺はスマホを床に落とした。


 ──親しみやすく?


 プリンのフタの『俺を食え』を再び見つめる。


 確かに、話しかけられているようで、親近感が湧くかも。


 でも、いつまでに食えばいいのか──、


「分かりづらいわッ!!」


 冷蔵庫の中から、冷気と一緒に笑い声が聞こえた気がした。

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冷蔵庫の怪 ~俺を食え~ 黒羽 透矢 @kurobane_touya226

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