第二十五話 関所の視線
ガタゴトと揺れる馬車が、やがて木造の関所へとたどり着いた。
道幅をふさぐように設けられた門には槍を持った兵が立ち、旅人や商人たちが列を作って順番を待っている。
「……ここが関所だ」
御者台のロンデールの声は低く、緊張が混じっていた。
「うわ、思ったより物々しいですね……」
思わず私はつぶやき、胃を押さえる。
鋭い監視の目にさらされ、胃がきゅうっと縮む。
◇
いよいよ順番が回ってきた。
ロンデールが用意していた偽の通行証を差し出す。
「商人一行だ」
荷馬車の中まで調べられる決まりらしく、私たちも外に出るよう促された。
兵の視線を浴びるたび、冷や汗が流れる。
「ふむ……」
役人が紙をじっと眺め、眉をひそめた。
その視線がアリシアに移る。
「おい、そこの娘。両目を隠すなんて……ずいぶん妙じゃないか」
「えっ……」
アリシアが困ったように目を伏せる。
私は喉を鳴らし、サリィを見る。
(ここで疑われたら全員終わりだ……!)
「寝相が悪くて、ベッドの角にぶつけたのよ〜」
サリィが笑顔で割り込み、さらりと言ってのけた。
「この子、夜になると……ほら、いろいろ激しいのよ」
「なななっ、なんてこと言うんですかっ!!」
アリシアの顔がみるみる紅潮していく。耳まで真っ赤で、まるで湯気が出そうだ。
「ふふ、ドジっ子可愛いでしょ?」
「そ、そうか。まあいい、通れ」
役人はゴホンと咳払いしながらも、顔を赤らめて目を逸らした。
私は囁くような声でアリシアに聞いてみる。
「姉さんとアリシア、もうそこまで……?」
「もうっ……なにもありませんよっ!」
「……ですよね。疑った私が馬鹿でした」
◇
「ちょっと待て」
別の役人が前に出てきた。
その目は殿下へと向けられている。
「……どこかで見た顔だな」
心臓が跳ね上がる。
私は思わず隣のサリィの袖を握っていた。
アリシアも息をのんで殿下を庇うように前に出しかける。
「な、何言ってるんですか。どこにでもいる普通の子でしょ〜?」
サリィが無理やり笑ってみせるが、声がわずかに裏返っていた。
殿下は居心地悪そうに視線を泳がせ、握りしめた拳がわずかに震えている。
「なにか問題でも?」
ロンデールが剣の柄に手を添える。
その声音は低く、空気が一気に張り詰めた。
「……いや……」
役人の声が揺れる。
そのとき、別の役人が割って入った。
「問題ない。通してやれ」
「お、おい……」
「商人一行に見えるだろう? さっさと済ませろ」
二人の視線が交錯する。
緊張に押しつぶされそうになったところで──強引に押し切られる形で、
私たちは通行を許された。
◇
馬車が動き出すと同時に、私たちは一斉に大きく息を吐き出した。
「……心臓に悪い……」
私は胸を押さえる。
「やっぱり怪しまれてましたよね……」
アリシアの手が小刻みに震えていた。
殿下は口を引き結び、やがて無理やり鼻を鳴らす。
「ふ、ふん……当然だ。我は皇族だからな。漂うオーラが違うのだ」
言葉は強気でも、頬はまだ青ざめている。
「殿下、堂々としているように見せかけても、バレバレですよ」
「なっ……!」
図星を突かれた殿下は耳まで赤くし、慌てて視線を逸らした。
サリィはというと、ケラケラ笑って殿下の頭を軽く撫でている。
「いいじゃない、可愛いんだから♪」
「子ども扱いするな!」
◇
「……やはり敵は我々の動きを掴んでいる。役人の目が殿下に向いた時、ただの偶然には見えなかった」
御者台からロンデールの声が落ちてくる。
「ここからが本番だ」
街道の先には、薄暗い森への分かれ道が広がっていた。
このまま街道を進めば敵の目にさらされる。
私たちは迷わず森へと舵を切ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます