第二十五話 関所の視線

ガタゴトと揺れる馬車が、やがて木造の関所へとたどり着いた。

道幅をふさぐように設けられた門には槍を持った兵が立ち、旅人や商人たちが列を作って順番を待っている。


「……ここが関所だ」


御者台のロンデールの声は低く、緊張が混じっていた。


「うわ、思ったより物々しいですね……」


思わず私はつぶやき、胃を押さえる。


鋭い監視の目にさらされ、胃がきゅうっと縮む。



いよいよ順番が回ってきた。

ロンデールが用意していた偽の通行証を差し出す。


「商人一行だ」


荷馬車の中まで調べられる決まりらしく、私たちも外に出るよう促された。

兵の視線を浴びるたび、冷や汗が流れる。


「ふむ……」


役人が紙をじっと眺め、眉をひそめた。


その視線がアリシアに移る。


「おい、そこの娘。両目を隠すなんて……ずいぶん妙じゃないか」


「えっ……」


アリシアが困ったように目を伏せる。


私は喉を鳴らし、サリィを見る。

(ここで疑われたら全員終わりだ……!)


「寝相が悪くて、ベッドの角にぶつけたのよ〜」

サリィが笑顔で割り込み、さらりと言ってのけた。


「この子、夜になると……ほら、いろいろ激しいのよ」


「なななっ、なんてこと言うんですかっ!!」

アリシアの顔がみるみる紅潮していく。耳まで真っ赤で、まるで湯気が出そうだ。


「ふふ、ドジっ子可愛いでしょ?」


「そ、そうか。まあいい、通れ」

役人はゴホンと咳払いしながらも、顔を赤らめて目を逸らした。


私は囁くような声でアリシアに聞いてみる。

「姉さんとアリシア、もうそこまで……?」


「もうっ……なにもありませんよっ!」


「……ですよね。疑った私が馬鹿でした」



「ちょっと待て」


別の役人が前に出てきた。

その目は殿下へと向けられている。


「……どこかで見た顔だな」


心臓が跳ね上がる。

私は思わず隣のサリィの袖を握っていた。

アリシアも息をのんで殿下を庇うように前に出しかける。


「な、何言ってるんですか。どこにでもいる普通の子でしょ〜?」


サリィが無理やり笑ってみせるが、声がわずかに裏返っていた。

殿下は居心地悪そうに視線を泳がせ、握りしめた拳がわずかに震えている。


「なにか問題でも?」


ロンデールが剣の柄に手を添える。

その声音は低く、空気が一気に張り詰めた。


「……いや……」

役人の声が揺れる。


そのとき、別の役人が割って入った。


「問題ない。通してやれ」


「お、おい……」


「商人一行に見えるだろう? さっさと済ませろ」


二人の視線が交錯する。

緊張に押しつぶされそうになったところで──強引に押し切られる形で、

私たちは通行を許された。



馬車が動き出すと同時に、私たちは一斉に大きく息を吐き出した。


「……心臓に悪い……」

私は胸を押さえる。


「やっぱり怪しまれてましたよね……」

アリシアの手が小刻みに震えていた。


殿下は口を引き結び、やがて無理やり鼻を鳴らす。

「ふ、ふん……当然だ。我は皇族だからな。漂うオーラが違うのだ」


言葉は強気でも、頬はまだ青ざめている。


「殿下、堂々としているように見せかけても、バレバレですよ」


「なっ……!」


図星を突かれた殿下は耳まで赤くし、慌てて視線を逸らした。


サリィはというと、ケラケラ笑って殿下の頭を軽く撫でている。


「いいじゃない、可愛いんだから♪」


「子ども扱いするな!」



「……やはり敵は我々の動きを掴んでいる。役人の目が殿下に向いた時、ただの偶然には見えなかった」


御者台からロンデールの声が落ちてくる。


「ここからが本番だ」


街道の先には、薄暗い森への分かれ道が広がっていた。

このまま街道を進めば敵の目にさらされる。

私たちは迷わず森へと舵を切ることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る