三章 護衛の旅編
第二十三話 初めての野営
ガタゴトと車輪の音を響かせ、馬車は街道を進んでいた。
御者台にはロンデールが腰を下ろし、手綱を握りながら周囲を鋭く見渡している。
荷台の中にいるのは、エリヴァス殿下と、私たち三人。
布で覆った木箱に囲まれた狭い空間は、予想以上にぎゅうぎゅう詰めだった。
殿下は十二歳。
まだ少年と呼ぶべき年頃のはずなのに──。
女三人に囲まれて緊張しているようで、なんだか姉さんの開いた胸元ばかり見ている気がする。
……すでにスケベさに磨きがかかっているのでは? と疑いたくなるほどだ。
「殿下、顔が赤いですよ?」
アリシアが首をかしげると、殿下は慌てて視線を逸らし、パンをかじるふりをした。
◇
夜も更けてきたので、私たちは街道の外れで野営をすることにした。
冷たい風が吹き抜け、草むらがざわめく。荷を降ろし、焚き火の準備を始める。
結局、火を起こしたのはアリシアだった。
慣れない手つきながらも必死に火打石を叩き、やがてぱちぱちと火花が散る。
ようやく小さな火がついた瞬間、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
「火の魔法を使える人がいれば楽なんですけどね」
「魔法かぁ〜。私たちや殿下はもってのほか、ロンデールさんは剣一本の騎士みたいだし」
サリィが肩をすくめて答える。
「そういえば、アリシアは旅をしたことあるの?」
私が問いかけると、彼女は少し言いにくそうに口を開いた。
「はい。冒険者パーティの荷物持ちとして……」
「でも、一ツ目のことがバレて怖がられて、クビになっちゃいました」
一瞬しょんぼりとしたが、すぐに表情を引き締める。
「小さい頃に格闘技術を父から学んだので……ある程度は腕に自信があったんです」
その言葉に、サリィが「へぇ〜腕力あるのは知ってたけど、意外と武闘派なのね」と目を丸くする。
けれどアリシアは小さく首を振った。
「でも……戦うのは正直あまり好きじゃないので、冒険者の道は選びませんでした」
「だから今はこうして旅に出ていますけど……宿屋の従業員として人の役に立ち、
働けていることが幸せなんです」
その表情はとても柔らかくて、焚き火の明かりに照らされて一層きらめいて見えた。
私は胸の奥がほんのり温かくなるのを感じながら、そっと微笑んだ。
◇
やがて鍋にシチューを温め、固いパンを添えただけの簡素な夕食ができあがった。
「……こんなに、食べていいのか?」
殿下は思わずよだれをたらしそうな勢いで、鍋をじっと見つめていた。
「もちろんです。お腹いっぱい召し上がってください」
「う、うむ……!」
夢中でパンをちぎり、スープに浸して頬張る殿下。
国を追われたあとは満足に食べられなかったのだろうか──そう思うと胸が痛んだ。
◇
夜半。
焚き火のぱちぱちと燃える音が響く中、私は見張り役として起きていた。
そのとき──。
カサッ。
林の奥で何かが動いた。
「……誰かいる」
私が身を固くした瞬間、アリシアがすでに立ち上がっていた。
眼帯を外し、一ツ目を鋭く光らせる。
闇の中から、黒装束の男たちが数名、音もなく迫ってきた。
「刺客……!」
ロンデールが剣を抜き放つ。
「アリシア、下がれ!」
「いえ、私も戦えます!」
その言葉どおり、アリシアは前に出る。
拳が振り抜かれ、一人を大きく吹き飛ばした、その刹那。
焚き火の影が揺らめき、そこから次の刺客が刃を振り下ろす──。
「危なっ!!」
私が思わず声を上げた瞬間。
ガシャァン!!
飛び出したサリィが、酒瓶を全力で振りかぶって叩きつけた。
鈍い音とともに瓶は砕け、飛び散った酒の匂いが辺りに広がる。
男はふらつき、そのまま地面に倒れ込んだ。
「お酒は飲むだけじゃないのよ!」
「姉さんのファインプレー……!?」
思わず私は目を丸くした。
すぐ隣で、ロンデールの剣が鋭く閃き、殿下へ迫った刺客を一息で退けた。
その横で──。
「ひ、ひぃぃっ!?」
殿下が情けない声をあげ、荷物にしがみついて震えていた。
◇
「退いたか……」
ロンデールが息を整え、剣を下ろした。
「だが安心するな。すぐに仲間を連れて戻るだろう。この場に長居はできん」
「え、もう出発するんですか!? まだ夜中なのに!」
サリィが慌ててワイン瓶を抱える。
「文句を言っている暇はない!」
ロンデールの声に押され、私たちは慌ただしく荷物をまとめ、馬車に飛び乗った。
街道を駆け出す馬の蹄が、闇の中でやけに大きく響いていた。
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