三章 護衛の旅編

第二十三話 初めての野営

ガタゴトと車輪の音を響かせ、馬車は街道を進んでいた。

御者台にはロンデールが腰を下ろし、手綱を握りながら周囲を鋭く見渡している。


荷台の中にいるのは、エリヴァス殿下と、私たち三人。

布で覆った木箱に囲まれた狭い空間は、予想以上にぎゅうぎゅう詰めだった。


殿下は十二歳。

まだ少年と呼ぶべき年頃のはずなのに──。

女三人に囲まれて緊張しているようで、なんだか姉さんの開いた胸元ばかり見ている気がする。

……すでにスケベさに磨きがかかっているのでは? と疑いたくなるほどだ。


「殿下、顔が赤いですよ?」


アリシアが首をかしげると、殿下は慌てて視線を逸らし、パンをかじるふりをした。



夜も更けてきたので、私たちは街道の外れで野営をすることにした。

冷たい風が吹き抜け、草むらがざわめく。荷を降ろし、焚き火の準備を始める。


結局、火を起こしたのはアリシアだった。

慣れない手つきながらも必死に火打石を叩き、やがてぱちぱちと火花が散る。

ようやく小さな火がついた瞬間、彼女はぱあっと顔を輝かせた。


「火の魔法を使える人がいれば楽なんですけどね」


「魔法かぁ〜。私たちや殿下はもってのほか、ロンデールさんは剣一本の騎士みたいだし」

サリィが肩をすくめて答える。


「そういえば、アリシアは旅をしたことあるの?」

私が問いかけると、彼女は少し言いにくそうに口を開いた。


「はい。冒険者パーティの荷物持ちとして……」


「でも、一ツ目のことがバレて怖がられて、クビになっちゃいました」


一瞬しょんぼりとしたが、すぐに表情を引き締める。

「小さい頃に格闘技術を父から学んだので……ある程度は腕に自信があったんです」


その言葉に、サリィが「へぇ〜腕力あるのは知ってたけど、意外と武闘派なのね」と目を丸くする。


けれどアリシアは小さく首を振った。


「でも……戦うのは正直あまり好きじゃないので、冒険者の道は選びませんでした」


「だから今はこうして旅に出ていますけど……宿屋の従業員として人の役に立ち、

働けていることが幸せなんです」


その表情はとても柔らかくて、焚き火の明かりに照らされて一層きらめいて見えた。


私は胸の奥がほんのり温かくなるのを感じながら、そっと微笑んだ。



やがて鍋にシチューを温め、固いパンを添えただけの簡素な夕食ができあがった。


「……こんなに、食べていいのか?」


殿下は思わずよだれをたらしそうな勢いで、鍋をじっと見つめていた。


「もちろんです。お腹いっぱい召し上がってください」


「う、うむ……!」


夢中でパンをちぎり、スープに浸して頬張る殿下。

国を追われたあとは満足に食べられなかったのだろうか──そう思うと胸が痛んだ。



夜半。

焚き火のぱちぱちと燃える音が響く中、私は見張り役として起きていた。


そのとき──。


カサッ。


林の奥で何かが動いた。


「……誰かいる」


私が身を固くした瞬間、アリシアがすでに立ち上がっていた。

眼帯を外し、一ツ目を鋭く光らせる。


闇の中から、黒装束の男たちが数名、音もなく迫ってきた。


「刺客……!」


ロンデールが剣を抜き放つ。


「アリシア、下がれ!」


「いえ、私も戦えます!」


その言葉どおり、アリシアは前に出る。

拳が振り抜かれ、一人を大きく吹き飛ばした、その刹那。

焚き火の影が揺らめき、そこから次の刺客が刃を振り下ろす──。


「危なっ!!」


私が思わず声を上げた瞬間。


ガシャァン!!


飛び出したサリィが、酒瓶を全力で振りかぶって叩きつけた。

鈍い音とともに瓶は砕け、飛び散った酒の匂いが辺りに広がる。

男はふらつき、そのまま地面に倒れ込んだ。


「お酒は飲むだけじゃないのよ!」


「姉さんのファインプレー……!?」


思わず私は目を丸くした。


すぐ隣で、ロンデールの剣が鋭く閃き、殿下へ迫った刺客を一息で退けた。


その横で──。


「ひ、ひぃぃっ!?」


殿下が情けない声をあげ、荷物にしがみついて震えていた。



「退いたか……」


ロンデールが息を整え、剣を下ろした。


「だが安心するな。すぐに仲間を連れて戻るだろう。この場に長居はできん」


「え、もう出発するんですか!? まだ夜中なのに!」


サリィが慌ててワイン瓶を抱える。


「文句を言っている暇はない!」


ロンデールの声に押され、私たちは慌ただしく荷物をまとめ、馬車に飛び乗った。


街道を駆け出す馬の蹄が、闇の中でやけに大きく響いていた。

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