第二十一話  護衛依頼

翌朝。


「……部屋がめちゃくちゃに……!!」


私は溜め息をつきながら、割れた窓や散らかった廊下を片付けていた。

昨晩の騒ぎで、あの二人の部屋はすっかり戦場の後のような有様だ。


「でもまあ……お客さんやアリシアに大きな怪我がなくてよかったじゃない」


サリィがふうっと息をつく。


「殿下なんて気絶したまま寝ちゃって、まだ起きてこないし……」


「……確かに」

私は頭を抱えながらも、少しだけ胸を撫で下ろした。


アリシアは気まずそうに肩をすくめる。

「わ、私が余計なことをしたせいで……」


「アリシアのせいじゃないですよ」


そう声をかけると、彼女はほっとしたように小さく頷いた。


ちょうどそのとき、入口の扉が開く。


「……外から見たら窓が割れていたが、何かあったのか?」

ハマーさんが眉をひそめながら戻ってきた。


続いてミレーネさんも入ってくる。

「まぁまぁ、ずいぶん賑やかだったみたいね」


サリィが慌てて笑いながら手を振る。


「よ、酔っぱらい客が泊まって暴れちゃってさ、あはは……」



食堂に皆が集まっていた。


テーブルの端では、エリヴァス殿下が夢中でシチューを頬張っている。

パンをちぎっては口に運び、まるで空腹を埋めるように必死だ。


「……殿下って、王子様のはずなのに」


「こんなにがっついて食べるなんて」


思わず私とサリィは顔を見合わせた。

よほど満足に食事を取れない状況にあったのだろう。


ロンデールが静かに口を開く。


「我が国、エステヴァン帝国は……先代皇帝陛下が崩御されたのち──」


「国を乗っ取ろうとする側近たちが動き、ついにはクーデターに及んだ」


「クーデター……!?」


「次期皇帝であるエリヴァス殿下は命を狙われ、都を離れるしかなかった」

ロンデールの声は低く沈む。


「そして昨夜、奴らは追っ手の刺客を差し向けてきたのだ。殿下の首を狙って……」


「クーデターって……本当なの……?」


そのとき、アリシアが眼帯に手をかけ、一ツ目をさらす。


静かに殿下とロンデールを見つめると──。


「……嘘は言っていないみたいです。黒い靄は見えないですから」


「なっ……!? 一ツ目にそんな力が……!?」


ロンデールは思わず身を乗り出した。

戦場で剣を振るうときよりも、その表情には動揺が浮かんでいた。



ロンデールはしばし沈黙したのち、深く息を吐いた。


「殿下を狙う刃は、昨晩だけでは終わらぬ。必ず再び追っ手が来る」


「……やっぱり」


「……あーあ、そう来るのね」


私とサリィは顔を見合わせる。


「そこで頼みたい」


厳しい眼差しをアリシアへ向けた。


「……一ツ目の娘よ。昨晩の働きでわかった。お主の力は確かだ」


「殿下をリグルス城塞まで護衛してほしい」


「え、わ、私に!?」


アリシアが一ツ目を丸くする。


私は慌てて口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。城塞って……国境近くの、あの堅牢な要塞ですか!?」


「片道三日はかかりますよ……!?」


「うむ。味方が待っている。そこまでたどり着ければ、殿下の身は安泰だ。

そうすればすぐにここを発とう。これ以上の迷惑はかけぬと約束する」


アリシアは俯き、唇を噛んだ。


しばし沈黙ののち、小さく震える声で口を開く。


「……私のせいでお二人やこの宿に危害が及ぶのは嫌です」


言葉を区切り、意を決したように顔を上げる。


「だから──サリィさん、ホリィさん。一週間ほど、お暇をいただけますか」


「本気なんですか!?」


「だけど、アリシアひとりにそんな危険を任せるなんて──」


「そうよ」サリィは笑みを浮かべる。


「アリシアが行くなら、私たちもついていくに決まってるでしょ!」


「ええーーーーーっ!?」


「次期皇帝陛下に恩を売っておけば、あとでいいことあるかもしれないじゃない」


「その前に宿どうするんですか!?」


「それについては考えがあるのよ♪」


「……嫌な予感しかしません!!」


胃の奥がまたキリキリしてきた。

どうしてこうなるんだ……。

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