第二十一話 護衛依頼
翌朝。
「……部屋がめちゃくちゃに……!!」
私は溜め息をつきながら、割れた窓や散らかった廊下を片付けていた。
昨晩の騒ぎで、あの二人の部屋はすっかり戦場の後のような有様だ。
「でもまあ……お客さんやアリシアに大きな怪我がなくてよかったじゃない」
サリィがふうっと息をつく。
「殿下なんて気絶したまま寝ちゃって、まだ起きてこないし……」
「……確かに」
私は頭を抱えながらも、少しだけ胸を撫で下ろした。
アリシアは気まずそうに肩をすくめる。
「わ、私が余計なことをしたせいで……」
「アリシアのせいじゃないですよ」
そう声をかけると、彼女はほっとしたように小さく頷いた。
ちょうどそのとき、入口の扉が開く。
「……外から見たら窓が割れていたが、何かあったのか?」
ハマーさんが眉をひそめながら戻ってきた。
続いてミレーネさんも入ってくる。
「まぁまぁ、ずいぶん賑やかだったみたいね」
サリィが慌てて笑いながら手を振る。
「よ、酔っぱらい客が泊まって暴れちゃってさ、あはは……」
◇
食堂に皆が集まっていた。
テーブルの端では、エリヴァス殿下が夢中でシチューを頬張っている。
パンをちぎっては口に運び、まるで空腹を埋めるように必死だ。
「……殿下って、王子様のはずなのに」
「こんなにがっついて食べるなんて」
思わず私とサリィは顔を見合わせた。
よほど満足に食事を取れない状況にあったのだろう。
ロンデールが静かに口を開く。
「我が国、エステヴァン帝国は……先代皇帝陛下が崩御されたのち──」
「国を乗っ取ろうとする側近たちが動き、ついにはクーデターに及んだ」
「クーデター……!?」
「次期皇帝であるエリヴァス殿下は命を狙われ、都を離れるしかなかった」
ロンデールの声は低く沈む。
「そして昨夜、奴らは追っ手の刺客を差し向けてきたのだ。殿下の首を狙って……」
「クーデターって……本当なの……?」
そのとき、アリシアが眼帯に手をかけ、一ツ目をさらす。
静かに殿下とロンデールを見つめると──。
「……嘘は言っていないみたいです。黒い靄は見えないですから」
「なっ……!? 一ツ目にそんな力が……!?」
ロンデールは思わず身を乗り出した。
戦場で剣を振るうときよりも、その表情には動揺が浮かんでいた。
◇
ロンデールはしばし沈黙したのち、深く息を吐いた。
「殿下を狙う刃は、昨晩だけでは終わらぬ。必ず再び追っ手が来る」
「……やっぱり」
「……あーあ、そう来るのね」
私とサリィは顔を見合わせる。
「そこで頼みたい」
厳しい眼差しをアリシアへ向けた。
「……一ツ目の娘よ。昨晩の働きでわかった。お主の力は確かだ」
「殿下をリグルス城塞まで護衛してほしい」
「え、わ、私に!?」
アリシアが一ツ目を丸くする。
私は慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。城塞って……国境近くの、あの堅牢な要塞ですか!?」
「片道三日はかかりますよ……!?」
「うむ。味方が待っている。そこまでたどり着ければ、殿下の身は安泰だ。
そうすればすぐにここを発とう。これ以上の迷惑はかけぬと約束する」
アリシアは俯き、唇を噛んだ。
しばし沈黙ののち、小さく震える声で口を開く。
「……私のせいでお二人やこの宿に危害が及ぶのは嫌です」
言葉を区切り、意を決したように顔を上げる。
「だから──サリィさん、ホリィさん。一週間ほど、お暇をいただけますか」
「本気なんですか!?」
「だけど、アリシアひとりにそんな危険を任せるなんて──」
「そうよ」サリィは笑みを浮かべる。
「アリシアが行くなら、私たちもついていくに決まってるでしょ!」
「ええーーーーーっ!?」
「次期皇帝陛下に恩を売っておけば、あとでいいことあるかもしれないじゃない」
「その前に宿どうするんですか!?」
「それについては考えがあるのよ♪」
「……嫌な予感しかしません!!」
胃の奥がまたキリキリしてきた。
どうしてこうなるんだ……。
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