第二十話 夜の襲撃
夜が更けた頃──。
ガシャアアアン!! という轟音が宿内に響いた。
私は慌てて飛び起き、姉さんの部屋へ駆け込む。
珍しく服を着て寝ていた。……手には空の酒瓶。まさか武器に!?
「二階の部屋からね……」
結局ハマーさんとミレーネさんは今夜は戻ってこなかった。
二人はここを拠点にしているだけで、常にいるわけではないのだ。
今二階にいるのは……今朝の黒マントの二人とアリシア。
それに旅の商人と、ダンジョン帰りの冒険者……。
「姉さん、アリシアが心配です」
「ええ。ホリィ、ヤバそうだったら裏口の非常用の鐘を鳴らして」
鳴らせばすぐに衛兵が飛んでくる。
……でもできることなら鳴らさずに済ませたい。
お客さんを不安にさせてしまうから。
私たちは息を殺して二階へ向かう。
そのとき──ドガァッ!
口元をマスクで覆った真っ黒い服の男が吹っ飛んできて、
階段の柵を越え、一階の床に叩きつけられた
視線の先には、シャツ一枚にグレーの機能的な下着をのぞかせた一ツ目少女。
アリシアが片脚を高く蹴り上げた姿勢のまま、静かに立っていた。
「アリシア!」
私たちは駆け寄る。
「怪我はない!?」
「はい」
しかしアリシアの服は刃物で斬られたような跡がいくつも走り、
胸元からお腹までぱっくりと裂けていた。
白い肌が覗いていたが、幸い出血はない。
「よかった……なにがあったの?」
「今朝の宿泊客の部屋に、怪しい人たちが押し入ったみたいです」
「怪しい人たち? さっき吹っ飛んでたやつ?」
「ええ……でも二人いたみたいで……」
「おそらく、今朝の客の部屋にいます」
部屋の扉は半開きになっており、中からギイイイン!と剣がぶつかる音が響いた。
「ぐっ!」と呻いたあと、静まり返る。
おそるおそる覗き込むと──。
部屋の窓ガラスが粉々に割れ、夜風が吹き込んでいた。
どうやらはそこから侵入してきたらしい。
そして今朝ガイエルと名乗った男が、血のついた剣を手に立っていた。
「……逃げられたか」
部屋の隅には震えている子ども──アマンがいた。
やがてこちらに気づいたガイエルが、剣を収めて口を開いた。
「……騒がせてしまってすまない」
気づけば、一階に叩きつけられたはずの男の姿も消えていた。
そのとき、別の部屋の扉がきぃ、と開く。
顔を出したのは、さきほどから泊まっている旅の商人だった。
「何か騒がしいようだけど……」
「す、すみません! ちょっとネズミが出たみたいで……もう大丈夫ですから!」
私の必死の弁解に、商人は「そ、そうかい……」と首をかしげながらも扉を閉めてくれた。
(……ごめんなさい。ネズミどころじゃないんですけど)
心の中で謝りつつ、私は今朝の二人の部屋へ足を向ける。
はぁ……嫌な予感しかしない──。
◇
ガイエルは改めて深く頭を下げた。
「私の名はガイエルではない。本当の名はロンデール。隣国の騎士団長だ」
「そしてこの子も……アマンというのは偽名」
「我が国の殿下、エリヴァス様だ」
「えっ、ええええええ!?」
私と姉さんは同時に叫んでしまった。
「……やっぱり。黒い靄が見えてました」
アリシアは静かに頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!! 王子様ご一行がウチに!?」
思わず叫ぶ私。
なんでそんな大物がウチに泊まってるんだ……!!
「偽名を使っていたってことは、相当訳ありみたいね」
訝しげな視線をロンデールに向けるサリィ。
「ウチが巻き込まれたからには、さっきの襲撃の件も含め、事情を話してもらいたいんだけど」
「……わかった。今日はもう遅い。明日、詳しく話そう」
ロンデールはアリシアのほうを見る。
「……一ツ目の娘よ、助かった。お主が駆けつけなければ、危なかった」
サリィがじと目でアリシアを見つめる。
「危ないと思っても一人で動いたりしちゃだめって言ったわよねー?」
「ご、ごめんなさい……」としゅんとするアリシア。
「もう〜……明日のお風呂、前も後ろも“弱いとこ”まで、全洗い決定だから」
「よ、弱いとこまで……!?」
ピクピクと震えて顔を真っ赤にするアリシア。なんだか嬉しそうに見える。
「ふん……騒がしい宿屋だな」
王子である、エリヴァスがむすっとした顔で呟く。
「殿下、お礼を言うべきですぞ」
ロンデールに促され、渋々とアリシアに向き直る。
「さっきは……助けてくれて……」
不満げに眉を寄せながらも、エリヴァスは顔を上げ、
アリシアと真正面から視線を合わせた。
その瞬間、大きな一ツ目がじっと彼を見返して──
「ま、ま、魔物……!!」
そのまま気絶した。
「殿下ーっ!?」
騎士団長の叫びが響き渡る。
多くの謎を抱えたまま、宿屋リングベルの夜は更けていった。
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