第一七話 昼の賑わい、ひと息の午後
お昼のピークを前に、アリシアへ料理の提供や洗い物の手順を教える。
厨房に煮込みの香りが満ち、慌ただしくも落ち着いた空気が流れていた。
「ウチは二人で回していた関係上、メニューは少なめだから」
「慌てず、ゆっくりお願いしますね」
「はい、頑張ります!」
ぎこちない返事に思わず笑みがこぼれる。
アリシアは真面目で一生懸命だけど、緊張すると一ツ目のせいじゃないのに、つい視野が狭くなる。
……お客さんにシチューをひっくり返さないか、ほんの少し心配だ。
「ビーフシチューの仕込み終わったわよ〜」
鍋から立ちのぼる香りと一緒に、赤い顔のサリィが現れる。
どうやらまた“味見”と称してワインをちびちびやっていたらしい。
「……昼からあんなに飲んで大丈夫なんですか?」
引き気味のアリシアに、私は肩をすくめて答える。
「あれが姉さんの日常なんです……」
◇
やがてお昼のピークがやってきた。
「いらっしゃいませ!」
アリシアが元気に注文を取りに向かうと、常連客たちがざわざわと盛り上がった。
「こりゃまた可愛い子が入ったねえ」
「眼帯も似合ってるじゃないか」
目元こそ隠れているが、にぱっと笑う口元には愛嬌があり、姉とはまた違った魅力がある。
常連客の視線も自然と集まり、サリィに次ぐ看板娘になれそうな雰囲気だった。
「アリシアちゃんに会いにまた来るよ!」
そんなことを言って帰る酔っ払い客まで現れる始末。
「これ、三番テーブルにお願いね」
「はいっ!」
今日は慎重に動いていたおかげか、大きな失敗もなく昼のピークを乗り切った。
初日のドタバタが嘘のようだ。
「心配しすぎだったみたいね」
「……そうですね」
返事をしながら、私も思わず笑みをこぼす。
少し気負いすぎるところはあるけれど、きっと根は律儀で頑張り屋な子なのだろう。
私の心配は、どうやら杞憂に終わったらしい。
◇
カウンターの中で、ようやく一息つく。
昼の喧騒が落ち着き、広間には食器を片づける音だけが響いていた。
「常連さんたち、いい人ばかりですね」
「そうね。でもまぁ、スケベな客も中にはいるから気をつけなきゃダメよ?」
「は、はぁ……」
「アリシアを不安にさせないでくださいよ……。まあ、その前に悪質な客は姉さんが出禁にしちゃってますから」
「そーそー」
サリィはワイン片手に気楽そうに笑う。
「……あ、でも前にSランク冒険者のレオンさんに口説かれたときは大変でしたね」
「え、Sランク!?」
アリシアは身を乗り出して驚く。
「うわ〜思い出したくない」
「い、一体なにがあったんですか?」
「飲み勝負したらこっそり魔法かけられて眠らされて……」
「ええっ!?」
「部屋まで連れてかれた姉さんを、私とハマーさんとミレーネさんで救出して……」
「いやーあれは貞操の危機だったわ」
「な、なにもなくてよかったです……」
ホッと胸を撫で下ろすアリシア。
「もしあのときアリシアがいたら、レオンさんがまともに勝負する気がないってこと見抜いてたのかも」
「そうですね。たぶん、勝負を受けた瞬間に“黒い靄”が出てたと思います」
「……でもレオンという人、許せないです。相手の気持ちも考えず、そんな自分勝手なこと……」
「次、来たら私が追い返します!」
アリシアは両手をぎゅっと握りしめ、まっすぐ背筋を伸ばした。
……Sランク冒険者なんだけど、怖くないのかな……。
「……でもその後も酷いの来たじゃない?」
サリィがニヤッと口角を上げる。
「ほら、あの変態おっさん商人」
「うっ……」
嫌な記憶が蘇る。
「酷かったわよ〜。全裸の商人がホリィに“アレ”を見せつけてきてさ」
「ぜ、全裸!?」
アリシアが驚き戸惑う。
「姉さん!! 思い出したくないからやめてください!!」
「ところで、“アレ”ってなんですか?」
無邪気に問いかけるアリシア。
私とサリィは同時に固まり、互いに目を泳がせる。
「そ、それは……その……アレといえば……ねえ!?」
「私に振らないでください……」
胃がひっくり返るような空気の中、救いのように扉が開いた。
新しい客が姿を現したところで──、リングベルの午後は賑やかに続いていく。
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